ブルックリンの墓地で「存在しない名前」を探した話──山高帽の老紳士が言った一言が、まだ頭から離れない
『オズの魔法使い』のペテン師を演じた俳優の墓は、別の名前で刻まれていた。その墓を探しに行った俺が、秋の墓地で出会った老紳士の正体とは。

Mに「これ読んでくれ」って送ったら既読無視された
去年の秋、ニューヨーク旅行から帰ってきた翌週の話です。
自分、30代のサラリーマンで、趣味が海外の古い映画と墓地巡りっていう、まあちょっと変わった人間です。霊感とかゼロ。心霊写真を見せられても「画質悪いだけじゃん」って言っちゃうタイプ。怪談を読むのは好きだけど、自分で体験するのは無縁の人生だと思ってた。ブルックリンの墓地に行くまでは。
友達のMは大学時代の同期で、映画好きという共通点で仲良くなった奴です。自分が帰国後に「旅行中にちょっと変なことがあった」って話したら、「それスレに書いたほうがいい」と言われた。で、下書きを送ったら既読無視。催促したら「読んだけど、俺からはノーコメント。お前が書きたいなら書け」とだけ返ってきた。Mは昔から超常現象に否定的だけど、否定するなら否定するってはっきり言う奴なんですよ。それがノーコメント。逆に怖いんだが。
長文になります。会話の内容も記憶ベースなんでかなり乱文かもしれません、許してください。
先に言っておくと、この墓地には『オズの魔法使い』で魔法使い役を演じた俳優フランク・モーガンが埋葬されてます。ただ「フランク・モーガン」という名前の墓石は、どこにもない。別の名前で眠ってる。その理由を調べていくうちに、ちょっとゾッとする話に行き当たったので、順を追って書きますね。
グリーンウッド・セメタリーがどういう場所なのか説明させてくれ
まず現地の話をする前に、墓地の情報を整理させてください。
グリーンウッド・セメタリー。1838年開園。アメリカでもトップクラスに古い公園墓地で、面積478エーカー。ヘクタールに直すと約193ヘクタール、東京ドーム40個分以上ある。ブルックリンの丘の上に広がっていて、マンハッタンのスカイラインが遠くに見える。入口にはゴシック様式のアーチ門がどーんとそびえてて、初めて見たとき「これ墓地の門なの? 教会じゃなくて?」って声が出た。鋳鉄の尖塔が夕方の空に刺さるみたいで、門をくぐった瞬間に空気が変わるんですよ。湿った石と苔の匂い。ニューヨークの喧噪がすっと遠くなる。あの感覚は忘れられない。
ここには作曲家のレナード・バーンスタイン、画家のジャン=ミシェル・バスキア、南北戦争の将軍たち、ニューヨークの政治家に実業家。アメリカの歴史そのものみたいな人たちがごろごろ埋まってる。19世紀にはマンハッタンから「ピクニックに行こう」って市民が押し寄せてたらしい。墓地にピクニック。感覚が違いすぎる。
自分は映画オタクなので、ここにフランク・モーガンが眠ってると知って「絶対行く」と決めてた。事前にAtlas Obscuraの記事で場所の目星はつけてあったんです。ただ、記事にはこう書いてあった。
「フランク・モーガンの名前では見つからない。ウッパーマン(Wuppermann)という名前を探せ」
ウッパーマン。なんだその名前は。
これが彼の本名で、芸名じゃなく本名のまま葬られてるっていう。ここで最初の引っかかりがあった。あれだけ有名な俳優なのに、なんでわざわざ世間に知られてない名前で埋葬されてるのか。
フランク・モーガンという男、ウッパーマンという一族
ちょっと調べた内容を整理させてください。
フランク・モーガンの本名はフランシス・フィリップ・ウッパーマン。1890年、ニューヨーク市生まれ。家はめちゃくちゃ裕福で、一族はアンゴスチュラ・ビターズっていうカクテルに使う苦味酒のアメリカ販売権を持ってた。バーに行く人なら知ってると思う、あの小さい瓶のやつ。あれで大富豪になった家系です。
コーネル大学に進学するも、兄のラルフが先に役者になっていて、自分も演劇の道に入る。芸名「フランク・モーガン」を名乗ってブロードウェイでキャリアをスタート。その後ハリウッドに渡り、1930年代のMGM黄金期に大量の映画に出演した。
1934年には『或る夜の出来事(The Affairs of Cellini)』でアカデミー主演男優賞にノミネート。そして1939年、不朽の名作『オズの魔法使い』で魔法使い役を射止める。
この映画を見たことある人ならわかると思うんですけど、モーガンが演じた「オズの魔法使い」って、要するにペテン師なんですよね。巨大な顔の映像と轟く声でエメラルド・シティを支配してるように見せかけてるけど、カーテンをめくると裏にいるのはただの老人。気球でたまたまオズの国に来ちゃっただけの、手品師くずれのおじさん。
しかもモーガンはこの映画で魔法使い以外にも、門番、御者、衛兵、カンザスで登場するマーベル教授と、複数の役柄を一人で演じ分けてる。「姿を変えて別の誰かになりすます」。映画の中だけじゃなく、この男の人生そのものがそうだったんじゃないかと、後から思った。
ウッパーマンという本当の名前を捨てて、フランク・モーガンという虚構を生きた男。でも死んだあとは虚構の名前を捨てて「本当の自分」に戻った。
1949年9月18日、心臓発作で死去。59歳だった。
Photo by Buchen WANG on Unsplash
📺 関連映像: オズの魔法使い フランク・モーガン 魔法使い 裏側 — YouTube で検索
墓地で出会った山高帽の老紳士
ここからが本題というか、自分がゾッとした話になります。
去年の10月、自分はグリーンウッド・セメタリーの歴史ツアーに参加した。秋のニューヨークって日が落ちるのが早くて、午後4時にはもう空がオレンジから灰色に変わり始める。墓地の中は丘陵になっていて、起伏のある小道が複雑に入り組んでる。ツアーの終盤、自分はうっかりグループからはぐれた。
はぐれたっていうか、ウッパーマン家の区画を自分の目で確認したくて、ガイドの説明そっちのけで横道に入っちゃったんですよね。スマホの地図を頼りに歩いてたんだけど、墓地の中は電波が妙に弱くて、GPSがふらふらする。角を曲がるたびに現在地の青い点が10メートルくらい跳ぶ。
小道を進んでいくと、空気がすっと冷たくなった。10月とはいえ、それまで歩いてて汗ばむくらいだったのに。急に、鉄の匂いがした。いや、正確には鉄とも違う。古い硬貨を握った手のひらの匂い。わかりますかね。夏祭りの10円玉を汗まみれの手で握ってたときの、あの金属臭。
そのとき、丘の中腹のベンチに誰かが座ってるのが見えた。
古びたスーツを着た老紳士で、山高帽をかぶっていた。距離は15メートルくらい。自分以外のツアー客かなと思って近づいて、「すみません、出口ってどっちですか」と聞いた。英語がカタコトの自分にも、返ってきた言葉ははっきり聞き取れた。
「出口なんてないよ。みんな最後にはここに来るんだから」
穏やかな笑顔だった。怒ってるとか脅してるとかじゃなく、ホントに穏やかだったんです。おじいちゃんが孫に「そうだよ」って教えるみたいな温度。声は低いけど柔らかくて、風で葉っぱが擦れる音に混じるような響き方をしてた。
自分は一瞬固まって、「あ、ありがとうございます」とか意味不明な返しをして、スマホの地図を見直そうと視線を下に落とした。3秒くらいだったと思う。顔を上げたら、ベンチには誰もいなかった。
いや、いなかったというか。そもそもそのベンチ自体が妙に古くて、座面に落ち葉が分厚く積もっていた。楓の赤い葉が何層にも重なって、踏んだらくしゃっと崩れそうなくらいの量。さっきまで人が座っていた形跡がない。葉っぱの上にお尻の跡すらなかった。
怖いとかより、まず混乱した。幻覚か。疲れか。ジェットラグか。
ツアーに合流してからガイドに「あの辺のベンチで老人を見た」と話したら、ガイドの顔がちょっと曇った。黙って数秒考えてから、こう言った。
「その場所はウッパーマン一族の区画のすぐ近くですね」
山高帽。古いスーツ。穏やかな笑顔。自分はその夜ホテルに戻って、スマホで『オズの魔法使い』のスチール写真を検索した。フランク・モーガンが劇中でかぶっている帽子。山高帽だった。
偶然だと思いたい。マジで偶然だと思いたいんですけど。
ガイドに後日メールで聞いたら、「似たような報告は過去にも数件ある。ツアー参加者の間で静かに語り継がれている」と返ってきた。それ以上は教えてくれなかった。
Photo by 𝕡𝕒𝕨𝕤 𝕒𝕟𝕕 𝕡𝕣𝕚𝕟𝕥𝕤 on Unsplash
「本名で葬る」ということの意味が、どう考えても怖い
墓地から戻ってきてから、ずっと一つのことが引っかかってた。なんで本名で葬ったのか。
ハリウッド黄金期って、芸名と本名が全然違う俳優がたくさんいた時代で。ケーリー・グラントの本名はアーチボルド・リーチ。ジュディ・ガーランドの本名はフランシス・ガム。それ自体は珍しくない。でも死後、墓にどっちの名前を刻むかって、よく考えたらすごく重い問題なんですよ。
調べてみると、ウッパーマン家はもともと家族の墓区画をグリーンウッドに持っていて、一族が代々そこに埋葬されてる。だからモーガンも「ウッパーマン家の一員」として、家の名前で入った。19世紀から20世紀にかけてのアメリカ上流家庭ではごく普通のことだったらしい。理屈としてはわかる。
でもさ。ヨーロッパの民間信仰だと、墓に刻む名前は呪術的な意味を持つことがある。死者の本当の名前を知ることはその霊を呼び出す力に繋がるとされていて、逆に偽名や別名で葬ることで悪霊や呪術師から故人を守る伝承が各地に残ってるらしい。名前を知られないことが最大の防御になる。
日本にも似た考え方がある。戒名ですよ。俗世の名前を捨てて、仏弟子としての新しい名前を得る。生きてた頃の名前じゃ呼ばれないようにする。死後の名前の問題って、洋の東西を問わず人間がずっと考えてきたことなんだなと。
モーガンの場合、そういう呪術的な意図があったかはわからない。ウッパーマン家が意識的にやったのか、ただの慣習か。でも結果として「フランク・モーガン」で検索しても墓が出てこないという状況が生まれた。「ウッパーマン」という名前を知っている人だけがたどり着ける。
まるで『オズの魔法使い』のカーテンみたいだなと思った。表から見える巨大な顔は「フランク・モーガン」。カーテンをめくった裏側にいるのは「ウッパーマン」。映画の中でドロシーがカーテンを引いたように、墓を探す人は「本名」というカーテンを引かないとたどり着けない。
出来すぎてると思いませんか。皆さんに聞きたいんです。これ、偶然だけで説明がつくんですかね。
Photo by Seiya Maeda on Unsplash
結局なんだったのか
あの山高帽の老紳士が何だったのかは、今もわかりません。
帰国してからも何度かあの場面を思い出す。鉄の匂い。急に冷えた空気。落ち葉の積もったベンチ。穏やかな声で「出口なんてないよ」と言った老人。振り返ったら誰もいなかったこと。
合理的に考えれば、墓地の近所に住んでるおじいさんが散歩してただけかもしれない。山高帽だって、ニューヨークには変わったファッションの人はいくらでもいる。3秒で姿が消えたのは、自分が地図に気を取られてる間に立ち去っただけかもしれない。
でもあのベンチの落ち葉が気になるんですよ。分厚く積もってた。人が座ってた跡がなかった。落ち葉ってさ、人間が腰かけたら潰れるんですよ。乾いた楓の葉が何十枚も重なってるところに座ったら、形が残る。でもなかった。
フランク・モーガンは映画の中でカーテンの裏に隠れてた。死後はウッパーマンという名前の裏に隠れてる。そして墓地を訪れた人間の前に、あの姿で現れるんだとしたら。カーテンの向こうにいるのはただの人間だとドロシーに見破られた魔法使いが、死後もまだ同じことを続けてるんだとしたら。
そう考えたとき、背筋がぞわっとした。
冒頭に書いた友人のM。下書きを送ったら既読無視して、催促したら「ノーコメント」とだけ返してきた奴。先週、急に連絡が来た。
M「お前の記事さ。あの山高帽のおじいさんの話、俺に似たようなことがあったわ」
それだけ言って、また既読無視。何があったのか教えてくれない。ホントに何なんだよお前。
あの老紳士の言葉がずっと頭から離れない。
「出口なんてないよ。みんな最後にはここに来るんだから」
アレが何だったのか、分かる人がいたら教えてほしい。長文失礼しました。読んでくれてありがとう。
もっと深く知りたい人向けの本と映像
『オズの魔法使い』そのものはBlu-rayで今も手に入ります。特典映像にキャスト陣の撮影裏話が収録されていて、モーガンのことが気になった人はぜひ見てほしい。あの穏やかな声と山高帽の姿を映像で確認すると、自分が墓地で見たものとの重なりにぞっとすると思います。
ハリウッド黄金期の舞台裏を詳しく知りたいなら、Aljean Harmetz著『The Making of The Wizard of Oz』が定番の一冊。映画の製作過程だけじゃなく、出演者たちの知られざる素顔にも踏み込んでいて、モーガンがどういう人間だったかの手がかりになる。なぜ彼がペテン師の役にあれほどハマったのか。読むとなんとなく見えてくるものがあります。
グリーンウッド・セメタリーの歴史や、そこに眠る著名人を網羅的に紹介した本としては、Jeffrey I. Richman著『Brooklyn's Green-Wood Cemetery: New York's Buried Treasure』がある。墓地の地図や写真も豊富で、ウッパーマン家の区画を探すときの参考になるはず。もし行く機会があるなら、この本を片手に歩いてみてください。ただし日が暮れる前に出口を見つけておくことをおすすめします。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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📚 この記事で紹介した書籍
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The Making of The Wizard of Oz
Aljean Harmetz
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Brooklyn's Green-Wood Cemetery: New York's Buried Treasure
Jeffrey I. Richman
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オズの魔法使い(Blu-ray)
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