世界怪奇録
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洲影の郵便局には「配らない葉書」がある|三年目の冬、ひとりで知った理由

消印が翌日の日付。切手のない葉書。宛先はいつも浜通りの十一軒。先輩が毎朝一枚ずつ橋から落とす理由を、わたしは三年目の冬に知った。

洲影の郵便局には「配らない葉書」がある|三年目の冬、ひとりで知った理由
Photo by Nefelibata Niska on Unsplash

先輩は毎朝、橋の上で葉書を一枚だけ落とした

自分は霊感とかまったくない人間なんですが、以前勤めていた場所で経験したことが、今になってもどうしても頭から離れません。

誰かに話したい、というよりは、同じような経験をした人がいないか知りたくて書き込みます。長文になると思います。読みにくいかもしれませんが許してください。

わたしが勤めていたのは、仮にS郵便局としておきます。場所はぼかしますが、海沿いの、人口がどんどん減っている小さな町の郵便局です。正規の職員はわたしを入れて三人。局長のTさんと、配達担当の先輩であるNさん。Nさんは五十代の寡黙な男で、背中が少し丸くて、いつもカーキ色の防寒着を着ていた。

着任した初日、Nさんに局舎を案内してもらったとき、裏口を出てすぐ右の壁際に、古い木製の棚があるのに気づきました。郵便物を仕分けるような棚なんだけど、ほこりが積もっていて、現役で使っている感じがしない。棚は五段あって、各段に仕切り板がいくつも入っている。

「あれ、何に使うんですか」と聞いたら、Nさんはちょっと間を置いてから、「留め置き棚」とだけ言った。

それ以上は何も教えてくれなかった。

old wooden shelf dusty abandoned post office Photo by Delaney Van on Unsplash

消印が、翌日の日付になっている

S郵便局での仕事に慣れてきた頃、わたしは留め置き棚のことを少しずつ理解するようになった。

毎朝、配達物の仕分けをする前に、Nさんが裏口の棚を確認しに行く。ほとんどの朝は何もないんだけど、週に一度か二度、棚の中に葉書が入っていることがあった。Nさんはそれを取り出して、一枚だけ自分のポケットに入れる。残りはそのまま棚に戻す。

ある日、Nさんが棚を確認しているときに後ろから覗いてしまった。

葉書は官製葉書で、切手は貼られていない。宛名面には住所と名前が書かれているんだけど、どれも同じ地区の住所だった。「浜通り」と書いてある。番地は様々だけど、宛先は十一軒分しかない。差出人の欄は空白。

いちばん違和感があったのは消印です。

消印の日付が、その日ではなく翌日になっている。

たとえばわたしが見たのが十一月四日の朝だとすると、消印は十一月五日。まだ来ていない日付が押されている。切手が貼られていないのに消印だけがある。しかもその消印の局名は「洲影」。S郵便局の正式名称でもないし、そもそもそんな局名は聞いたことがない。

「Nさん、これ、いつ届くんですか」

Nさんは振り向かずに言った。

N「届けない」

「届けないんですか?」

N「届けない。配らない葉書だから、ここにある」

会話はそれきりだった。その日の午前中、Nさんはバイクで配達に出る前に、局から歩いて五分ほどの水道橋に寄った。古いコンクリートの橋で、下には細い川が流れている。Nさんはポケットから葉書を一枚出して、欄干の隙間からそっと落とした。葉書は風に舞って、川面に触れた瞬間、すっと沈んだ。

紙なのに、浮かなかった。

old concrete bridge narrow river mist morning Photo by Luca Bravo on Unsplash

「全部いっぺんに捨てたらいかん」

それからわたしは、Nさんの朝の行動を観察するようになった。

留め置き棚に葉書が入っている日、Nさんは必ず一枚だけを抜く。二枚以上は取らない。残った葉書はそのまま棚に残して、翌朝また一枚だけ抜く。そうやって、日をまたいで少しずつ減らしていく。

局長のTさんに聞いてみたこともある。Tさんは苦笑いして、「Nくんに聞いたほうがいいよ。わたしはよく分からないから」と言った。分からない、というよりは、触れたくない、という顔だった。

半年ほど経ったある夜、Nさんと二人で局に残って事務作業をしていたとき、思い切って聞いてみた。

「あの葉書、誰が棚に入れてるんですか」

Nさんは帳簿から目を上げないまま、ぽつぽつと話し始めた。

N「知らん。朝来たら入っとる。鍵は俺とTさんしか持ってない。でも入っとる」

「中身は読んだことあるんですか」

N「裏は見るな。表だけ見ろ。宛名だけ確認して、一枚抜いて、橋から落とす。それだけでいい」

「なんで全部いっぺんに捨てないんですか」

Nさんはそこで初めてわたしの顔を見た。目が据わっていた。

N「全部いっぺんに捨てたらいかん」

「どうしてですか」

N「届いてしまうから」

Nさんはそれ以上何も言わなかった。帳簿に目を戻して、ボールペンの音だけが事務室に残った。外は風が強くて、局舎の窓がときどきがたがた鳴っていた。暖房をつけているのに、首の後ろだけがやけに冷たかった。

わたしはその夜、退勤してから自転車を止めて、水道橋の欄干から川を覗いた。街灯が一本だけ立っていて、水面がぼんやり光っている。川底に白いものが何枚か沈んでいるのが見えた。葉書だろうか。でも何ヶ月も水に浸かっていたら溶けるはずだ。溶けずに、白いまま、川底に貼りついている。

あの夜の、水と泥が混じったような匂いを今でも覚えている。

📺 関連映像: 怪談 郵便局 不思議な体験 朗読 — YouTube で検索

三年目の冬、わたしはひとりになった

Nさんが急に辞めたのは、わたしが着任して三年目の冬のことだった。

辞めた、というのは正確じゃない。ある朝、出勤してこなかった。電話も繋がらない。T局長がNさんのアパートまで行ったけど、部屋はもぬけの殻で、私物もほとんど残っていなかったらしい。退職届は前日の夜にTさんの机の上に置かれていて、理由は「一身上の都合」。それだけだった。

T局長は翌週から長期の病休に入った。結果として、局にはわたしだけが残った。

その朝、わたしは初めてひとりで留め置き棚を確認しなければならなくなった。

棚を開けた。葉書が七枚入っていた。

いつもは多くて三、四枚だったのに、七枚。全部、消印は翌日の日付。宛名は浜通りの住所。差出人なし。切手なし。消印局名は「洲影」。

Nさんの言葉が頭に浮かんだ。一枚だけ抜け。全部いっぺんに捨てるな。届いてしまうから。

わたしは一枚だけ抜いた。右手で掴んだ瞬間、葉書がほんの少し温かかった。冬の朝、外気温は零度近い。棚は屋外に面していて、木の板はしんしんと冷えている。なのに葉書だけが、人肌のような温度を持っていた。

水道橋まで歩いた。欄干から葉書を落とした。川面に触れた。沈んだ。浮かなかった。

翌朝、棚を開けた。六枚になっていると思った。

八枚あった。

増えている。

その日も一枚だけ抜いて、橋から落とした。翌朝、九枚。その翌日、十枚。減らない。一枚抜くたびに、翌朝は元の枚数より一枚多くなっている。

五日目の朝、棚を開けたとき、十一枚になっていた。浜通りの十一軒分。全世帯分が揃っていた。

dark empty hallway old japanese building winter Photo by Yanhao Fang on Unsplash

裏を、見てしまった

十一枚目の葉書を棚から出したとき、手が震えていた。

Nさんは言っていた。「裏は見るな。表だけ見ろ」。

でもその朝、十一枚の葉書を前にして、わたしの指は勝手に動いていた。一番上の一枚をひっくり返した。

文面は手書きだった。万年筆のような、少し滲んだ黒インク。字は丁寧で、年配の人が書いたような筆跡。

書かれていたのは一行だけだった。

「お届けに参ります」

わたしは葉書を裏返しに戻した。手が汗で湿っていた。残りの十枚は見なかった。見る必要がなかった。全部同じことが書いてあるのだと、なぜか確信していた。

その日、わたしは一枚だけを持って水道橋に行った。いつものように落とした。沈んだ。

帰り道、浜通りの前を通った。十一軒の家は、どれも古い木造家屋で、何軒かは空き家になっている。表札が残っている家もあれば、門柱だけが立っている家もある。人が住んでいるのは、たぶん四軒か五軒。

そのうちの一軒の玄関先に、郵便受けがあった。赤い、昔ながらの郵便受け。蓋が少し開いていて、中に白い葉書が一枚入っているのが見えた。

わたしは配達していない。Nさんもいない。T局長も休んでいる。

誰が届けたのか。

わたしは走って局に戻った。裏口の留め置き棚を確認した。

十枚あったはずの葉書が、九枚になっていた。

一枚は橋から落とした。もう一枚は。届いてしまったのだ。

old red japanese mailbox weathered wooden house Photo by 5010 on Unsplash

あの局を離れてから、まだ確かめていないこと

わたしはその週のうちに異動願いを出した。年度末を待たずに別の局に移った。引き継ぎはT局長に手紙で書いた。留め置き棚のこと、一枚ずつ抜くこと、橋から落とすこと、裏を見てはいけないこと。T局長から返事は来なかった。

あれから何年か経つ。浜通りの十一軒がどうなったのかは知らない。調べる気にもならない。Nさんがどこに行ったのかも分からない。

ただ、一つだけ気になっていることがある。

Nさんは何年間、毎朝一枚ずつ葉書を橋から落としていたのか。そしてそれでも棚の葉書は尽きなかった。わたしがいた三年間で、Nさんは一度も全部を捨てようとしなかった。「届いてしまうから」。

わたしが裏を見た日、一枚が浜通りに届いた。わたしが橋から落とした一枚ではなく、棚に残っていた一枚が。

もしあの日、わたしが裏を見なかったら、あの一枚は届かなかったんじゃないか。

裏を見るということは、読むということだ。読むということは、受け取るということだ。受け取ったものは、届けなければならない。そういう理屈なんじゃないかと、今は思っている。

でも確証はない。アレが何だったのか、今も分からないままです。

同じような経験をした方、あるいは「洲影」という局名に心当たりがある方がいたら、教えてほしい。長文失礼しました。読んでくれてありがとう。

出典: 留め置き棚に残る消印

もっと深く知りたい人向け

この話を読んで、郵便や届け物にまつわる民俗的な恐怖に興味を持った方には、以下の本をおすすめします。

柳田國男『遠野物語』(岩波文庫)は、届け物や使者にまつわる不可解な伝承が数多く収められている古典中の古典。「配達されるべきでないもの」が届くという恐怖の原型は、ここに根を持っているように思えます。

宮田登『日本の民俗信仰』(講談社学術文庫)は、「境界」と「届け物」の関係を民俗学の視点から読み解ける一冊。橋が境界として機能する話は、この本を読むと腑に落ちる部分が多い。

松村進吉『現代怪談 地獄めぐり』(竹書房文庫)は、郵便局や公共施設で起きた怪異を扱った実話怪談集。職場怪談としての手触りが、今回の話に近いものがあります。

『怪談実話系 書き下ろし怪談文芸競作集』(MF文庫ダ・ヴィンチ)は、実話ベースの怪談を複数の作家が書き下ろしたアンソロジーで、「届くはずのないものが届く」系のエピソードがいくつか収録されています。

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本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。

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