あそび団子を味見した日|六月の第三金曜にだけ現れる献立にない緑の団子の話
献立表にない緑の団子が六月の第三金曜だけ給食に現れる。口にした私が見た「白い庭」の夢は、他の子と少しだけ違っていた。
最初に気づいたのは、トレーの隅にある色だった
最初に気づいたのは妹だった。
いや、正確には妹の方が先に「それ」の話をしてきた、というだけで、俺もその日の給食でトレーの隅に何か見慣れないものが載っていたのは覚えている。覚えているけど、当時は深く考えなかった。小学四年生の俺にとって、給食の献立表と実際のメニューが微妙に違うことなんて、まあたまにあるだろうくらいの感覚だった。
長くなるかもしれません。文才ないんで読みにくかったらすみません。
あと、この話は俺と妹の記憶を突き合わせて書いてます。妹にも確認して、書いていいって言ってもらってます。場所は伏せます。東北の、かなり小さい町とだけ。学校も当然一つしかなくて、全校生徒合わせても百人ちょっとの規模でした。
俺をA、妹をBとします。妹は俺の二つ下で、当時小二。あと、給食室のおばちゃんたちの中に、他のパートさんとは少し立場が違う年配の女性が二人いて、この二人をCさん、Dさんとします。この二人が関係してきます。
で、何の話かっていうと、六月の第三金曜日にだけ出る、献立表に載っていない緑の団子の話です。
うちの地域では「あそび団子」と呼ばれていました。
献立表のどこにも載っていないのに、誰も不思議がらない
六月の第三金曜。これは毎年決まっていた。
その日だけ、給食のトレーに小さな団子がひとつ追加される。直径は二センチくらい。色は深い緑で、よもぎ餅に近いけどもう少しくすんだ、苔みたいな色をしていた。味はほぼしない。ほんのり甘くて、ほんのり草っぽくて、それだけ。
不思議なのは、これが献立表のどこにも書かれていないこと。四月に配られる一年分の献立表を見ても、六月第三金曜の欄には「ごはん、味噌汁、さばの味噌煮、ひじきの煮物、牛乳」みたいな普通のメニューしか書いてない。団子の「だ」の字もない。
でも誰も不思議がらない。先生も、生徒も。
「あ、今年もあそび団子だ」
クラスの誰かがそう言って、みんな「だね」くらいの反応で、普通に食べる。俺も最初の年はそうだった。三年生で転校してきて、最初の六月に出てきたとき、隣の席のやつに「これ何」って聞いたら「あそび団子。食べていいよ」とだけ言われた。それで食べた。味はほぼなかった。
もうひとつ不思議なことがある。この団子、職員室のトレーには載らない。
これはBが教えてくれた。Bの担任だった先生が若い女性で、赴任一年目だったらしい。その先生がBに「ねえ、あの緑の団子って何? 先生のには来なかったんだけど」と聞いてきたそうだ。Bは「あそび団子だよ。先生は食べられないんだよ」と答えたらしい。B自身もなぜそう答えたのかよく覚えていないと言っていた。ただ、そういうものだと思っていた、と。
職員には配られない。子どもだけに配られる。なのに先生たちも特に問題にしない。
今思えば異常だけど、あの町にいる間はそれが当たり前だった。
Photo by Ahmad Yasir on Unsplash
Cさんとの短い会話、そして「奥の小部屋」
俺があそび団子を意識し始めたのは四年生の六月だった。
きっかけは給食当番。その週は俺が配膳室まで食缶を取りに行く係で、いつもは給食室の前のカウンターに食缶が並べてあるんだけど、その日は一つ足りなかった。味噌汁の食缶がない。仕方なく給食室の中に声をかけた。
「すみませーん、四年一組の味噌汁がないです」
出てきたのがCさんだった。Cさんは七十近いおばあちゃんで、白い割烹着を着て、いつも目が細くてにこにこしている人だった。でもこの日はちょっと慌てた顔をしていて、俺が給食室の奥をちらっと見た瞬間、体でさっと視線を遮った。
奥に、もう一人いた。Dさんだ。
Dさんは調理台に向かって何かをこねていた。小さな部屋。給食室の奥にもう一つ部屋があるのを、俺はそのとき初めて知った。蛍光灯がついていなくて、窓からの薄い光だけで作業していた。すり鉢みたいなものが見えた気がする。あと、匂い。線香ではないけど、何かを焚いたあとの、煙たいような甘いような匂いが一瞬だけ鼻に入った。
C「はいはい、ごめんねえ。味噌汁ね、今持ってくからね」
Cさんはそう言いながら、俺の肩にそっと手を置いて、カウンターの方に押し戻した。力は弱いけど、明確に「こっちに来るな」という意思があった。
C「あのね、Aくん。奥の部屋のことは気にしないでね。あれはね、あそぶためのものだから」
あそぶためのもの。その言い方が妙に引っかかった。あそび団子の「あそび」と同じ言葉だ。何が「あそび」なのか聞きたかったけど、Cさんがもう笑顔に戻っていて、味噌汁の食缶を渡されて、それで終わった。
教室に戻ると、トレーにはもう緑の団子が載っていた。
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割れた団子を口に入れた日
その年の第三金曜、俺は少しだけ違うことをした。
配膳のとき、クラス全員のトレーに団子を一つずつ載せていく作業は給食当番がやる。団子は小さなアルミの容器にまとめて入っていて、数はぴったりクラスの人数分。余りはない。毎年ぴったり。これもよく考えたらおかしい。欠席者がいてもぴったりだった記憶がある。いや、そもそも第三金曜に休む子がいた記憶がない。
その日、俺が容器から団子を取り出すとき、一個だけ割れているのがあった。真ん中からぱっくり二つに割れていて、断面が見えた。外側は深い緑なのに、中は白かった。真っ白。米粉の白さとも違う、何というか、粘土みたいな質感の白。
普通なら割れてるやつは自分のトレーに載せて終わりなんだけど、俺はその断面を見たとき、妙な衝動に駆られた。片方だけ、口に入れてみたくなった。
理由は説明できない。ただ、あの奥の小部屋のことが頭にあったのかもしれない。Cさんの「あそぶためのもの」という言葉。Dさんが薄暗い中でこねていた手つき。あの煙たい匂い。全部が繋がっている気がして、確かめたかったんだと思う。
配膳の最中に、割れた片方を口に入れた。
味は、やっぱりほとんどしなかった。少し甘い。少し草っぽい。でも一つだけ違ったのは、噛んだ瞬間、奥歯のあたりで「じゃり」と音がしたこと。砂を噛んだような、微かなざらつき。飲み込んだあと、舌の裏側にしばらく渋みが残った。
もう片方はトレーに載せた。割れた団子が自分のところに来ても、俺は別に気にしなかった。
その日の午後は普通に授業を受けて、普通に帰った。特に体調が悪くなることもなかった。
でも夜、寝て、夢を見た。
白い庭の夢、俺だけが見た「あれ」
翌朝、教室に入ると、いつもの光景があった。
「昨日またあの夢見たー」 「白いやつでしょ。見た見た」 「毎年見るよね、あれ」
六月の第三金曜の翌日、子どもたちは全員が「白い庭の夢」を見る。これもこの町では当たり前のことだった。白い庭。具体的に何があるわけでもない。ただ白い地面が広がっていて、空も白くて、遠くに木みたいなものの輪郭がぼんやり見える。それだけの夢。怖くもないし、楽しくもない。ただ白い場所にいた、という記憶だけが残る。
俺も見た。白い庭。でも俺の夢は、少しだけ違った。
庭の端に、誰かがいた。
白い着物を着た人が、地面にしゃがんでいた。こちらに背を向けていた。何かをこねている。両手を使って、何かを丸めている。団子を作るときの手つきだった。
俺は夢の中で近づこうとした。でも近づけなかった。歩いても歩いても距離が縮まらない。足元を見ると、俺の足が地面に少しだけ沈んでいた。白い地面は柔らかかった。粘土みたいだった。あの団子の断面の白と同じ色をしていた。
しゃがんでいる人が、一瞬だけ横を向いた。顔は見えなかった。ただ、口元だけが見えた。笑っていた。というか、何かを噛んでいた。もぐもぐと、口を動かしていた。
そこで目が覚めた。
クラスのみんなに聞いてみた。「白い庭に誰かいた?」って。みんな首を横に振った。「いないよ。なんにもないよ。ただ白いだけだよ」と。Bにも聞いた。同じ答えだった。白い場所にいた。それだけ。誰もいなかった。
俺だけが、あの人を見た。
割れた団子の片方を、配膳の最中に口にしたから。正規の食べ方ではない形で口にしたから。そうとしか考えられなかった。
それから数日間、口の中にあの渋みがうっすら残っていた。歯を磨いても取れなかった。一週間くらいで消えた。
Photo by ulziibayar badamdorj on Unsplash
CさんとDさんのこと、そして町を出てから
五年生になって、Cさんが給食室からいなくなった。
退職したとか異動したとかではなく、ただいなくなった。先生に聞いても「Cさんは辞められたのよ」としか言われなかった。Dさんはまだいた。でもDさんは元々無口な人で、俺が何か聞ける雰囲気ではなかった。
その年の六月第三金曜にも、あそび団子は出た。DさんがひとりであのDさんが奥の小部屋で作ったのだろうか。俺は今度は普通に食べた。割らずに、丸ごと。翌日、白い庭の夢を見た。誰もいなかった。白いだけの庭だった。
ほっとした。と同時に、少しがっかりした。あの人にもう一度会いたいとは思わなかったけど、あれが何だったのか確認したかった。
六年生の六月にも食べた。やはり誰もいない白い庭。
中学に上がり、俺は給食がなくなった。弁当の学校だった。あそび団子はもう出てこない。Bに聞くと、Bの方には六年生まで毎年出ていたらしい。DさんはBが卒業するまで給食室にいたとのこと。
俺とBは高校から町を出た。県庁所在地の高校に進学して、そのまま町には戻っていない。
数年前、正月に実家で親戚が集まったとき、母にあそび団子の話をしてみた。母は少し黙って、それから「ああ、あったねえ。私も小さい頃食べた」と言った。
俺「あれって何なの」 母「さあ。おまじないみたいなものだと思ってた」 俺「誰が始めたの」 母「さあ。私のお母さんのときにはもうあったって言ってたから、ずいぶん前からじゃない」 俺「白い庭の夢、見た?」 母「うん。見たよ。毎年見てた」 俺「庭に誰かいた?」 母「……いないよ。白いだけ」
母の間が気になった。本当にいなかったのか、いたけど言わないのか。追及はしなかった。正月の空気を壊したくなかったし、母が少しだけ目をそらしたのが見えたから。
Photo by Điệp Zader on Unsplash
何が分かっていて、何が分かっていないか
あそび団子が何なのか、俺には今もわかりません。
わかっていることを並べると、こうなります。六月の第三金曜にだけ、献立表に載らない緑の団子が子どもにだけ配られる。作るのは給食調理員のうち特定の二人で、奥の小部屋で作られる。職員には配られない。翌日、食べた子どもは全員が同じ「白い庭」の夢を見る。町の人間はこれを不思議がらない。
わかっていないことだらけです。あそびの「あそび」が何を意味するのか。なぜ六月の第三金曜なのか。団子の中身がなぜ白いのか。白い庭とは何なのか。割れた団子を食べた俺だけが見た、あの白い人は誰なのか。
ネットで調べてみましたが、同じ風習を報告している人は見つかりませんでした。東北の小さな集落だけに残っている何かなのか、あるいは俺の町だけのものなのか。供物としての団子というのは日本各地にあるみたいで、お盆やお彼岸に供える団子、枕団子、それこそ民俗学の本にはいろいろ出てきます。でも「子どもにだけ食べさせる」「翌日同じ夢を見る」という要素が重なるものは見つけられなかった。
あの団子の断面のじゃりっとした感触を、俺は時々思い出します。あの白さを思い出します。
知ってる人がいたら教えてほしいです。あそび団子。六月の第三金曜。白い庭。あの、しゃがんで何かをこねていた人。
長文失礼しました。読んでくれてありがとう。
出典: あそび団子を味見した日
もっと深く知りたい人向けの本
この話に直接関連する書籍は見つかっていませんが、「学校で語られる怪異」や「供物としての団子」に興味を持った方には以下をおすすめします。
『学校の怪談 口承文芸の展開と諸相』(常光徹 / ミネルヴァ書房)。学校という場で怪談がどのように生まれ、伝わっていくのかを民俗学の視点で丹念に追った一冊です。「みんなが同じ話を共有している」あの不思議な空気感の正体に迫れるかもしれません。
『日本の食文化 4 儀礼と食』(原田信男 / 吉川弘文館)。盆や彼岸の供え物、枕団子、祭事の餅など、日本人が「食べること」に込めてきた儀礼的な意味を体系的にまとめた本。あそび団子が何かの儀礼の変形なのかを考えるヒントになります。
『遠野物語』(柳田國男 / 新潮文庫)。東北の小さな町に伝わる異界との接触の記録。百年以上前に書かれたものですが、あの白い庭の夢を見た翌朝のクラスの空気を思い出すと、遠野の人々が語った「見えてしまったもの」の感覚と、どこかで重なる気がしてなりません。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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学校の怪談 口承文芸の展開と諸相
常光徹 / ミネルヴァ書房
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原田信男 / 吉川弘文館
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