三本目のロープ|ロープアクセスの現場で相方だけが見ていた"それ"の話
ロープは二本と決まっている現場で、相方だけが三本目を見た。朝の点呼はいつも一人多い。その理由を、まだ誰にも話していない。
あの現場のことを、どう書けばいいのか今もわからない
自分は霊感とかまったくない人間です。
むしろそういう話を聞くと「それ疲れてたんじゃない?」って返すタイプの人間で、だからこそこの話をどこにも出せずにいた。出したところで自分が一番信じてないんだから、説得力もクソもない。でも去年の冬、当時の相方だったYさんと久しぶりに電話した時、向こうから「あの現場のこと、誰かに話したか?」って聞かれて、やっぱりちゃんと文字にしておこうと思った。
長文です。あと専門用語がちょっと出ます。わかりにくかったらすみません。
自分の仕事はロープアクセスです。ビルの外壁とか橋梁の点検とか、足場を組めない場所にロープで降りていって作業する仕事。高所作業の一種なんだけど、ちょっと特殊で、基本的にロープは二本使います。メインロープとバックアップロープ。この二本体制が鉄則。どんな現場でも、どんなベテランでも、二本。三本目を使うことは、普通ない。
普通はない。
この話は、その「普通はない三本目」が見えた現場の話です。自分には一度も見えなかった。見えたのは相方たちだけだった。
Photo by Dean Brierley on Unsplash
Yさんが最初に降りてこなかった日
現場の場所は伏せます。海沿いの、結構古い建物だった。コンクリートの外壁にクラックが入っていないか、目視と打音で確認していく仕事。工期は二週間。チームは自分とYさん、それからTさんとKの四人。Yさんは十年選手のベテランで、自分に仕事を教えてくれた人。Tさんは別の会社から来た応援で、Kは自分と同期の後輩みたいな立ち位置。
作業は基本ツーマンセルで、一人が降りて一人が上で見てる。上にいる人間はロープの状態を監視して、何かあったら引き上げる役。命を預ける関係だから、相方との信頼がすべて。
三日目の朝だった。
その日は自分が先に降りて、Yさんが上で見てる番だった。いつも通りエッジ処理して、いつも通り二本のロープをセットして、いつも通り下降を始めた。五階くらいの高さから降りていく。風が冷たくて、海からの潮の匂いが妙に強い日だった。
三十分くらい作業して、上がろうとした時。無線が入った。
Yさん「おい、ちょっと上がってこい」
声のトーンがおかしかった。Yさんは普段どんな時も落ち着いてる人で、高所で風速が上がった時も「はいはい、上がるよー」くらいの温度の人。それが、声が硬い。
自分「了解。なんかあった?」
Yさん「いいから上がれ」
言われた通り登攀して屋上に戻ったら、Yさんが自分のロープが垂れてる位置から三メートルくらい離れたところに立ってた。こっちを見てない。壁の縁、パラペットのあたりをじっと見てる。
自分「どうしたんすか」
Yさん「お前、ロープ何本出してる?」
自分「二本っすけど。メインとバックアップ」
Yさんがゆっくりこっちを向いた。顔色が悪かった。海風で冷えたとかじゃなくて、血の気が引いてるような白さ。
Yさん「三本あった」
自分「は?」
Yさん「お前が降りてる間、ずっと見てた。二本の横に、もう一本。同じ太さの、同じ色のロープが垂れてた。今はない」
自分は笑おうとした。Yさんが冗談を言ってるのかと思った。でもYさんの目を見た瞬間、冗談じゃないとわかった。あの人が冗談でこんな顔をすることは、十年一緒にいて一度もなかった。
Yさんはその日の午後、体調不良を理由に現場を離れた。
Photo by Mordo Bilman on Unsplash
代わる代わる、同じことを言って去っていく
翌日からYさんの代わりにTさんが自分の相方になった。Tさんは寡黙な人で、あまり雑談をしない。淡々と作業を進めるタイプ。自分としてはやりやすかった。Yさんのことが気になってはいたけど、工期は待ってくれない。
五日目。自分が降りて、Tさんが上で監視。その日は曇りで、海の方からぬるい風が吹いてた。湿度が高くて、ロープを握る手が滑る感じがあった。
作業を終えて上がったら、Tさんが自分の荷物をまとめていた。
自分「え、もう片付けるんすか。まだ午前中…」
Tさん「悪い。俺、降りる」
自分「降りるって、現場から?」
Tさんが振り返った。その目が、Yさんと同じだった。
Tさん「ロープ、三本見えた」
背筋が冷えた。潮風のせいじゃなかった。
Tさん「お前が降り始めてすぐ。二本の左側に、もう一本。途中から出てきた感じじゃない。最初からあった。でも準備の時は二本しかなかった。間違いない、俺が確認した」
自分はパラペットの縁に走って、下を覗いた。ロープは二本。メインとバックアップ。他には何もない。壁面にも、下の地面にも、三本目なんてどこにもなかった。
Tさんは午後の便で帰っていった。会社には「体調不良」とだけ報告したらしい。
次に相方になったのはKだった。Kは自分と年が近くて、怖い話とか好きなタイプ。Yさんの件を聞いた時も「マジすか、やべー」とか言いながらどこか楽しそうだった。
七日目の夕方。Kが上で監視してる番。日が傾いてきて、建物の影が海の方に長く伸びてた。
無線が入った。
K「先輩」
声が震えてた。
K「三本…あります。今、三本あります」
自分は作業を止めて、ぶら下がったまま聞いた。
自分「K、落ち着け。どこに見える」
K「右側。バックアップの右に、もう一本。先輩の体を…通ってます」
体を通ってる。その言葉の意味がすぐにはわからなかった。
K「ロープが先輩の体の中を通ってるみたいに見える。先輩の左肩から入って、右の腰の下から出てる。ぶら下がってるんじゃなくて、先輩の中を通って下に伸びてる」
自分は自分の体を見た。何もない。二本のロープに繋がれた自分の体があるだけ。左肩にも右腰にも、何も通ってない。
K「先輩、上がってきてください。お願いします」
Kは泣いてた。
📺 関連映像: ロープアクセス 高所作業 怪談 — YouTube で検索
朝の点呼が、いつも一人多い
Kもその日を最後に現場を離れた。結局、現場には自分一人が残った。会社から応援が来るまでの二日間、自分は一人で作業した。ロープアクセスを一人でやるのは本来ありえない。安全規定に完全に違反してる。でも、工期があった。元請けからの圧があった。そして何より、自分には三本目が見えなかった。見えないものは怖くない。そう思ってた。
でも、別のことが起きてた。
朝の点呼。現場に入る前に、全員の名前と人数を確認する。Yさんがいた頃は四人。YさんとTさんが抜けてKと二人になった時は二人。Kが抜けて自分一人になった時は一人。当然そうなるはずだった。
点呼は元請けの現場監督がやる。監督のIさんという人が毎朝名簿を持って来て、名前を呼んで、人数を数える。
Iさんが言ったのは、現場の最終日の朝だった。
Iさん「おたくさ、今日何人?」
自分「一人です。俺だけ」
Iさん「だよな。なんだけどさ、毎朝数えると二人なんだよ」
自分「え?」
Iさん「いや、だから。お前さんが来て、俺が数えると二人。で、もう一回数えると一人。毎朝そう。お前らが四人の時は五人だった。三人の時は四人。二人の時は三人。いっつも一人多い。数え直すと合う」
Iさんは笑ってた。「まあ老眼だからな、ハハ」って。でもIさんはまだ四十代で、視力は良い方だった。
自分はその時、初めて怖くなった。ロープが見えるとか見えないとかじゃなく。最初からずっと、一人多かったのかもしれない。
Yさんが三本目を見た三日目の朝。あの時の点呼は五人だったはずだ。四人プラス一。
じゃあその一人は、どこにいた? 自分たちと一緒に朝礼を聞いていたのか。ヘルメットを被って、作業服を着て、自分たちの横に立っていたのか。
気温が急に下がった気がした。七月の現場だった。海風はぬるかったはずなのに、首の後ろがひんやりした。コンクリートの壁からかすかに、線香のような、でも違う、もっと古い匂いがした。建物の匂いだと思いたかった。
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自分だけが見えなかった理由
工期が終わって、自分は現場を離れた。その後しばらくは普通に仕事をしていた。でもYさんとTさんとKに共通していたことが、ずっと頭に引っかかってた。
三人とも、上から見ていた。自分が降りて作業している時、上で監視していた側の人間にだけ、三本目が見えた。降りている自分には見えなかった。
Yさんに電話した時、こう聞いた。
自分「なんで俺には見えなかったんすかね」
Yさん「逆だろ」
自分「え?」
Yさん「お前に見えないんじゃなくて、お前がいるから見えるんだよ。あれはお前のロープだった」
それ以上は何も言わなかった。自分もそれ以上は聞けなかった。
Kにも後日聞いた。「あのロープ、何色だった?」と。
K「白。メインと同じ白。でも…ちょっと違った。なんていうか、濡れてた。濡れてるように見えた。水滴が付いてるとかじゃなくて、ロープ自体が水を含んでるみたいに、少しだけ色が暗かった」
海沿いの現場だった。建物の下は防波堤で、その下は海だった。
Tさんには聞けていない。あの後、Tさんは別の会社に移って、連絡先が変わった。
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まだ誰にも話せていない、点呼の話
相方たちが三本目のロープを見た話は、親しい人には話した。怖い話として、ちょっとしたネタとして。でも点呼の話は、まだ誰にもしていない。
Iさんの言葉をそのまま受け取ると、自分たちの現場には最初からずっと、一人余分にいたことになる。作業が始まった初日から最終日まで。YさんTさんKが抜けても、その一人は減らなかった。減ったのは人間だけで、ソレはずっといた。
自分の横にいたのか。自分の後ろにいたのか。それとも自分の中に。Kが言った「ロープが先輩の体の中を通ってる」という言葉が、今でも夜中に思い出される。
あの現場は今どうなっているのか調べたことがある。建物は翌年に解体された。跡地には何も建っていないらしい。更地になってる。
Yさんは最近また電話をくれた。「お前、まだロープの仕事してるのか」と聞かれた。してますと答えたら、長い沈黙の後に「気をつけろよ」とだけ言って切れた。
自分は今もロープアクセスの仕事を続けてる。メインロープとバックアップロープ、二本。毎回自分で確認して、毎回二本。三本目は一度も見えたことがない。
でも上で見てる相方には、もしかしたら見えてるのかもしれない。見えていても、自分には言わないだけかもしれない。あの現場の後、自分と組んだ相方で、理由を言わずに辞めていった人間が二人いる。
あれが何だったのかは今もわかりません。わかる人がいたら教えてほしい。濡れた白いロープ。体を通り抜けるロープ。そして毎朝一人多い点呼。
長文失礼しました。読んでくれてありがとうございます。
Photo by Asher Pardey on Unsplash
もっと深く知りたい人向け
仕事場に現れる「余分なもの」の怪談は、古くから建設業界を中心に語り継がれてきた話型の一つです。この手の体験談をもっと読みたい方には以下の本をおすすめします。
『新耳袋 第一夜』(木原浩勝・中山市朗/角川文庫)。百物語形式で集められた現代怪談の古典。現場系・職業系の怪談も多数収録されていて、この記事の空気感が好きな人は間違いなく刺さる一冊。
『怖い話はなぜモノが関わるのか』(高田公理/青弓社)。呪物や道具にまつわる怪異を民俗学的に分析した本。ロープや縄に霊的な意味が付与される背景を知りたい人に。
『現代怪談 地獄めぐり』(松村進吉/竹書房文庫)。実話怪談のアンソロジーで、職場で起きた怪異のエピソードが複数含まれている。投稿型怪談が好きならこのシリーズは外せない。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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