深夜の氷室に二人で降りた。だが上がってきたのは一人だけだった話
深夜バイト中、地下の旧氷室に先輩と降りた投稿者。だが石段を上がったのは一人。番号でしか人を数えない場所で起きた体験談。
紺のエプロンが二枚、地下に消えた
あの晩のことを、誰かに聞いてもらいたくてここに来ました。
俺は当時、都内のとあるスーパーで深夜の品出しバイトをしていた。店名は伏せます。ただ一つだけ言えるのは、その店の建物がかなり古くて、地下に旧い魚市場時代の氷室がそのまま残っていたということ。冷蔵設備が近代化された後も、一部の在庫を置く倉庫スペースとして使われていた。
長文になります。文才ないので読みにくいかもしれません、すみません。
先に登場人物を整理しておきます。俺をA、一緒に降りた先輩をTさんとします。Tさんは三十代前半で、この店に五年くらいいるベテラン。無口だけど面倒見のいい人で、俺はけっこう慕っていた。あと、その晩のシフトには他に店長と、もう一人パートのおばちゃん(Yさんとします)がいたけど、二人は一階の売場にいて、地下には来ていない。
深夜の品出しバイトって、閉店後に翌日分の商品を棚に並べていく仕事です。蛍光灯が落とされた売場を台車押しながら歩くだけでも独特の空気があるんだけど、地下の氷室はそれとは次元が違った。
あの場所について、もう少し説明させてください。
Photo by Sven Masuhr on Unsplash
石段の先にあった、番号だけの世界
氷室は、店のバックヤードの奥にある鉄扉を開けて、石段を二十段ほど降りたところにあった。
石段は苔が生えかけていて、夏場でも底冷えする空気が下から上がってくる。湿った石と、微かに鉄の匂いがする。降りきると、天井が低いコンクリートの通路があって、その先に氷室の本体がある。広さはそこまでないんだけど、とにかく暗い。照明は裸電球が二つだけで、端のほうは影になって見えない。
この氷室には、ちょっと変わったルールがあった。
入る時にバックヤードの壁にかかっているホワイトボードに、自分のエプロンの番号を書く。出る時に消す。それだけ。名前じゃなくて、番号。深夜帯のスタッフは全員同じ紺色のエプロンを着ていて、背中に白い数字がプリントされている。俺は「07」、Tさんは「03」だった。
なんで名前じゃなくて番号なのか。Tさんに聞いたことがある。
T「あそこ、昔から名前で呼ぶなって言われてんだよ」
俺「なんでですか」
T「さあな。店長が言うには、魚市場の頃からそうだったらしい。声が響くから、って建前だけど。まあ、深く考えんな」
そう言われて、深く考えなかった。あの晩までは。
その日のシフトは二十三時から翌朝五時まで。日付が変わった頃、Tさんが俺に声をかけた。
T「A、悪いけど氷室行ってくれるか。冷凍の練り物、あと二ケースあるはずだから」
俺「了解です。一人で大丈夫ですか」
T「いや、俺も行く。台車二台分あるから」
ホワイトボードに「03」「07」と書いて、俺たちは鉄扉を開けた。
Photo by Yamato Yamaguchi on Unsplash
あの石段を、確かに二人で降りた
石段を降りる時、Tさんが前で俺が後ろだった。
いつもより冷えていた気がする。七月なのに、吐く息が白くなりそうなくらい。Tさんの背中の「03」が、裸電球の薄い光でぼんやり浮かんでいた。俺の足音と、Tさんの足音。石段にこつこつ響く二人分の靴音を、俺は確かに聞いていた。
氷室に着いて、目当ての練り物のケースを探した。奥のほうに積まれていたので、二人で一ケースずつ台車に載せた。作業自体は五分もかからなかった。
問題は、帰りだった。
台車を押しながら石段のほうに向かう途中、Tさんが急に立ち止まった。
T「A」
俺「はい?」
T「お前、今、後ろ見たか」
俺「いえ、見てないです」
T「見んな。そのまま前向いて歩け」
Tさんの声が、いつもと違った。低くて、平坦で、感情を押し殺しているような声。俺は言われた通り前を向いて歩いた。台車の車輪がコンクリートの上でがらがら鳴る。自分の呼吸が早くなっているのがわかった。
石段を上がる時、俺は二段目で躓きかけた。その瞬間、背中に風が当たった。地下から吹き上げてくる風じゃない。すぐ後ろを何かが通り過ぎたような、局所的な空気の動き。首筋の産毛が全部立った。
鉄扉を開けてバックヤードに出た時、蛍光灯の白い光がこんなにありがたいと思ったことはなかった。
そのままホワイトボードのところに行って、自分の「07」を消そうとした。
そこで気づいた。
ボードには「03」「07」の他に、もう一つ「07」が書かれていた。
俺は一回しか書いていない。
📺 関連映像: 怪談 実話 地下 氷室 体験談 — YouTube で検索
「二人降りて、一人上がった」
俺「Tさん、これ」
Tさんはボードを見て、何も言わなかった。黙って「03」を消し、「07」を二つとも消した。そのあと俺のほうを向いて、小声で言った。
T「今日のことは、店長にも言うな」
俺「でも、あの『07』、俺書いてないですよ」
T「わかってる。だから言うな」
Tさんはそれだけ言って、何事もなかったように台車を押して売場に戻っていった。俺はしばらくその場に立っていた。足が震えていたのか、膝が笑っていたのか、自分でもよくわからなかった。
その晩の残りのシフトは、普通に終わった。Tさんはいつも通り無口で、俺も何も聞けなかった。ただ、氷室には二度と降りなかった。
翌日、シフトに入る前にYさんと二人きりになる時間があった。思い切って聞いてみた。
俺「Yさん、あの氷室って、なんか変な話ないですか」
Y「あんた、降りたの?」
俺「はい、昨日Tさんと」
Yさんの顔が一瞬曇った。
Y「あそこはね、昔、魚市場の人が一人亡くなってるの。氷室の中で。凍死だったか、事故だったか、詳しくは知らないけど」
俺「それで名前呼ぶなって」
Y「名前で呼ぶと、返事するんだって。だから番号。番号なら、本人のものじゃないから」
Yさんはそこで言葉を切って、少し考えてから続けた。
Y「でもね、同じ番号の人が二人降りると、ややこしくなるって聞いたことある。あっちが数を間違えるから」
あっちが数を間違える。
その言葉が、頭の中でずっと回っていた。
Photo by Annie Spratt on Unsplash
あの晩以降に起きたこと
それから一週間くらい経って、Tさんがバイトを辞めた。
引き継ぎも何もなく、ある日シフト表からTさんの名前が消えていた。店長に聞いたら「一身上の都合」とだけ言われた。連絡先は知っていたけど、電話しても出なかった。LINEも既読がつかない。
俺はその後もしばらくそのバイトを続けたけど、氷室に降りることは一度もなかった。他のスタッフに頼まれても、理由をつけて断った。誰も強くは言わなかった。もしかしたら、みんな何かしら知っていたのかもしれない。
一つだけ、後日談がある。
バイトを辞める直前、最後の出勤日に、ふとホワイトボードを見た。その時は誰も氷室に入っていないはずだった。ボードは空白のはず。
でも、うっすらと消し跡があった。「07」の形をした消し跡が。
マーカーで書いて消した跡なのか、もっと前の残りなのか、判断がつかなかった。ただ、俺にはそれが昨日今日消されたもののように見えた。
あの氷室では、番号でしか人を数えない。名前を呼ばない。顔も見ない。エプロンの背中の数字だけが、その人間の識別子になる。
もし「07」が二人いたら。あっちはどちらを本物だと思うのか。どちらを「数に入れる」のか。
Tさんが辞めた理由を、俺は聞けていない。聞けないまま、もう何年も経つ。
Photo by taro ohtani on Unsplash
何が分かっていて、何が分かっていないか
あの晩、確かに俺とTさんの二人で降りた。二人で作業して、二人で上がってきた。それは間違いない。
でもホワイトボードには「07」が二つあった。俺は一回しか書いていない。Tさんが書いた? いや、Tさんは「03」だ。じゃあ誰が書いた。
Tさんが「後ろを見るな」と言った理由。石段で感じた、すぐ後ろを通り過ぎた空気。Yさんが言った「あっちが数を間違える」という言葉。
全部がつながっているような気もするし、俺の思い込みかもしれない。
一つだけ確かなのは、あの氷室には、番号でしか人を数えない理由があるということ。そして同じ番号が二つ並んだ時、何かがおかしくなるということ。
Tさん、元気にしてますか。もしこれ読んでたら、連絡ください。あの晩、後ろに何がいたのか、俺はまだ知りたいと思ってます。
長文失礼しました。読んでくれた人、ありがとう。
あの「07」が何だったのか、似たような体験をした人がいたら教えてほしいです。
Photo by Athena Lam on Unsplash
もっと深く知りたい人向け
この話を読んで背筋が冷えた人には、以下の本をおすすめしておきます。実話怪談の空気感を味わえるものばかりです。
『新耳袋 第一夜』(木原浩勝・中山市朗、角川文庫)。実話怪談の金字塔。短い話が九十九話収められていて、一話ごとに「これ本当にあったのか」という感覚に襲われる。地下や閉鎖空間の話もいくつかあって、氷室の話が気になった人には特に刺さると思います。
『怪談実話 無惨百物語 ゆるさない』(黒木あるじ、竹書房文庫)。取材に基づいた実話怪談集で、職場や日常の中に潜む怪異を淡々と描く筆致が怖い。深夜バイト中の体験談に近い温度感の話が多いです。
『残穢』(小野不由美、新潮文庫)。こちらはフィクションだけど、「場所に残るもの」というテーマを徹底的に掘り下げた作品。あの氷室に何が残っているのか考えてしまった人は、読んで損はないはず。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
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新耳袋 第一夜
木原浩勝・中山市朗 / 角川文庫
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怪談実話 無惨百物語 ゆるさない
黒木あるじ / 竹書房文庫
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残穢
小野不由美 / 新潮文庫
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