世界怪奇録
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2026-05-27その他

神保町の古書店に届いた卒業アルバム──「私」がいない写真に写っていた少女の話

亡き旧友の遺品から出てきた卒業アルバム。そこに写る自分の場所には、見知らぬ少女が立っていた。

神保町の古書店に届いた卒業アルバム──「私」がいない写真に写っていた少女の話
Photo by Annie Spratt on Unsplash

三十六年間、封をされていた革表紙のアルバム

Yさんと呼ばせてください。七十代の女性で、神保町の裏通りで小さな古書店を営んでいる方です。

私がこの話を聞いたのは去年の冬。Yさんとは仕事の関係で十年ほど前から付き合いがあって、年に何度か店を訪ねてはお茶をご馳走になる、という程度の間柄でした。その日もいつものように奥の座敷で番茶を淹れてもらっていたんですが、ふとYさんが「ちょっと見てほしいものがある」と言い出した。

カウンターの下から出してきたのは、暗い茶色の革表紙のアルバムでした。角が擦り切れていて、表紙の金の箔押しは半分以上剥がれている。開く前から、線香ともカビともつかない匂いがした。古い紙を触り慣れているYさんですら、少し指先を躊躇わせていたのを覚えています。

話を聞く前に書いておくと、私自身には霊感なんてまるでありません。Yさんもそういうタイプの人じゃない。むしろ「この世にないものはない」が口癖の、徹底した合理主義者です。その人が震えていた。指先じゃなくて、声が。

会話の内容は覚えている範囲で書きます。かなり乱文かもしれません、許してください。

old leather photo album dark room dust Photo by Tim Mossholder on Unsplash

旧友のTさん、そして届いた遺品の段ボール

Yさんには、学生時代から六十年近い付き合いの親友がいたそうです。仮にTさんとします。

Tさんは地方で暮らしていて、年に一度か二度、東京に出てきてはYさんの店に寄っていた。二人は同じ女学校の出身で、卒業してからもずっと年賀状をやり取りしていたような仲。Yさん曰く「あの子だけは、私が何をしても怒らなかった」。

そのTさんが亡くなったのは、Yさんが私にアルバムを見せる半年ほど前のことだったそうです。持病が悪化して、入院からひと月も経たずに逝ってしまった。Yさんは葬儀に出て、棺に花を入れて、それで一度は気持ちに区切りをつけたと言っていました。

ところが数ヶ月後、Tさんのご遺族から段ボール箱がひとつ届いた。

「遺品を整理していたら、Yさん宛と書かれた箱が出てきたので送ります」

中にはTさんの私物がいくつかと、手紙が一通。それから件の革表紙のアルバム。手紙にはこう書かれていたそうです。

「これをYちゃんに渡してほしい。開いたら分かるから」

Yさんはまず手紙を何度も読み返した。それからアルバムを開いた。

最初の数ページは、二人が通っていた女学校の日常の写真。教室、校庭、遠足。白黒のセピアがかった、どこにでもある学校の記録。Yさんは懐かしさに目を細めながらページをめくっていった。

問題は、最後から二ページ目の集合写真だった。

old japanese school class photo sepia Photo by National Museum of Denmark on Unsplash

「私」がいない。代わりに、知らない少女が立っている

卒業式の集合写真。三列に並んだ制服姿の女子学生たち。Yさんは自分の目を疑ったそうです。

Yさん「前列の左から三番目。そこは私が立った場所なの。覚えてる。隣がTちゃんで、その向こうがHちゃん。並び順まで覚えてる。でもね」

Yさんはそこで言葉を切って、アルバムの写真を指差した。

Yさん「私じゃないの、この子。顔が違う」

写真を見ました。確かに、前列左から三番目に写っている少女は、Yさんの若い頃の写真(店のカウンター横に飾ってある)とは明らかに別人でした。髪の長さも違う。Yさんは当時ショートカットだったそうですが、その少女は肩より長い髪を左側で束ねている。顔立ちもまるで似ていない。

ところが、他の生徒は全員Yさんの記憶通りだという。隣のTさんも、後列の恩師も、端っこでちょっと目を瞑ってしまっているKさんも。配置も背景も、Yさんが持っている自分の卒業アルバムと同じ。

ただ一箇所だけ。Yさんがいるべき場所に、見知らぬ少女が立っている。

Yさんは自宅に戻って、自分の卒業アルバムを引っ張り出した。同じ写真のページを開いた。そこにはちゃんと自分が写っていた。ショートカットで、少し緊張した顔で、TさんとHさんに挟まれて立っている。背景の木の枝ぶり、校舎の窓の開き具合、全部同じ。

二枚を並べて、Yさんは長い時間動けなかったそうです。

「写真の焼き増しを間違えたとか、別のクラスの写真が紛れ込んだとか、そういう説明をつけようとしたの。でもね、他の全員が同じなのよ。並び順も、表情も、影の角度も。変わっているのは、あの場所に立っている人間だけ」

Yさんの声は淡々としていたけれど、番茶を持つ手がわずかに震えていました。店の奥から、古い本の匂いが妙に強く香った気がした。

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日記が語った三十六年前の冬

段ボールの中には、もうひとつ重要なものが入っていました。Tさんの日記帳です。何冊もあったわけではなく、一冊だけ。しかも書かれている期間が極端に短い。三十六年前のちょうど十二月から翌年の一月にかけて、約二ヶ月分だけが記されていた。

Yさんは手紙の「開いたら分かるから」を手がかりに、その日記を読んだ。

内容をそのまま引用することはYさんから止められているので、聞いた範囲で要約します。

Tさんは三十六年前の冬、夫の転勤に伴って知らない土地に引っ越した直後だった。慣れない生活、知り合いもいない。そんな中でTさんは夢を見た。

「Yちゃんに似ているけど、Yちゃんじゃない人」が出てくる夢。

夢の中でその人物はTさんに話しかけてくる。内容はたわいもない日常会話だけど、どこか噛み合わない。「この前の同窓会、楽しかったね」と言う。だがTさんの記憶にはそんな同窓会はない。「あなたの旦那さん、元気?東京は寒いでしょう」と言う。だがTさんの夫は東京にいない。

夢は一晩で終わらなかった。三日、四日と続いた。Tさんは日記にこう書いていたそうです。

「あの人はYちゃんの顔をしているのに、Yちゃんじゃない。でも自分のことをYだと思っている。まるで、別のどこかにいるYちゃんが迷い込んできたみたいだ」

この記述を読んだとき、Yさんは卒業アルバムの写真を思い出した。あの、自分の場所に立っている見知らぬ少女。Tさんが夢で見た「Yちゃんに似ているけどYちゃんじゃない人」。

日記の最後のページには、短くこう書かれていたという。

「写真を確かめた。やっぱり違う人が写っていた」

それ以降、日記は途絶えている。Tさんがこの件についてYさんに生前語ったことは一度もなかった。六十年近い付き合いの中で、一度も。

old handwritten japanese diary yellowed pages Photo by tommao wang on Unsplash

「並行世界の私」という仮説を、Yさんは笑わなかった

Yさんに「どう思いますか」と聞いたとき、返ってきた答えが意外でした。

「並行世界って言うんでしょう、最近は。Tちゃんの言いたかったことは多分それよ」

古書店を何十年もやっている人です。あらゆる種類の本を読んできた人です。オカルトも科学も区別なく棚に並べてきた人が、冗談でもなく、怒りでもなく、ごく静かにそう言った。

Yさんの解釈はこうでした。

Tさんのアルバムには、この世界のYさんではなく、別の世界のYさんが写り込んでいる。Tさんは三十六年前にそのことに気づいた。気づいたけれど、Yさん本人には言えなかった。言って何になるのか分からなかったから。だから日記に書き、アルバムと一緒に封をして、自分が死んだ後にYさんへ届くようにした。

「Tちゃんはね、私にこれを見せたかったんじゃなくて、確かめてほしかったんだと思う。あなたはちゃんと、こっちの世界のYちゃんですかって」

私はそれを聞いて、正直ぞっとしました。怖いとかではなくて、もしそれが本当だとしたら、三十六年間ずっとひとりでその不安を抱えていたTさんのことを想像してしまったからです。

隣に座っている親友が、本物の親友なのか。自分の知っている世界の人間なのか。それを確かめる術もないまま、六十年近く一緒にいた。

Yさんは最後にこう言いました。

「でもね、あの子が誰であれ、Tちゃんの隣に立ったのは事実でしょう。写真に写っているんだから。それなら、あの子にもあの子の人生があったのよ」

店の外では神保町の夕暮れが始まっていて、古書の匂いと一緒に、冷たい空気が奥まで入り込んできていました。

old japanese bookstore narrow alley twilight Photo by Liana S on Unsplash

何が分かっていて、何が分かっていないか

この話を聞いてから、私はいくつか自分なりに調べてみました。

写真の差し替え、焼き増しの際のミス、あるいはTさんの記憶違いや勘違い。合理的な説明をつけようとすれば、いくらでもできます。Yさん自身もそれは分かっている。

ただ、二冊のアルバムを並べたとき、「他の全員が完全に同じで、一人だけが違う」という状態を、どう説明すればいいのか。別の日に撮った写真ならば、誰かの表情や体の角度が変わっているはずです。焼き増しミスならば、まったく別の写真が入るはずで、「一人だけ入れ替わっている」という現象は起きにくい。

Tさんの日記が語る夢の内容も気になります。「Yちゃんに似ているけどYちゃんじゃない人」が、自分のことをYだと思い込んでいる。同窓会の記憶がある。東京にいるはずだと思っている。まるで、ほんの少しだけ違う経歴を歩んだ「もうひとりのYさん」がいるかのような描写。

並行世界の存在は、量子力学のエヴェレット解釈などで理論的には議論されています。でもそれが卒業アルバムの集合写真に影響を及ぼすなんていう話は、科学の範疇にはない。

分かっていることは少ない。

Tさんのアルバムに、Yさんではない少女が写っている。Tさんはそれに三十六年前に気づいていた。Tさんは生涯それをYさんに伝えなかった。そして死後、アルバムと日記をYさんに届けた。

分かっていないことは、ほとんど全部です。あの少女は誰なのか。なぜTさんのアルバムだけが違うのか。なぜ三十六年前の冬に、Tさんはあの夢を見たのか。

Yさんは今もあのアルバムを店のカウンターの下に置いているそうです。TさんがYさんに託した以上、他の誰かに見せるつもりはないと言っていました。私に見せてくれたのは、たぶん、あの日だけの例外だったんだと思います。

あの写真の少女が、もしどこかの世界で今も生きているのだとしたら。彼女のアルバムには、いったい誰が写っているんだろう。

もし似たような体験をした人がいたら、教えてほしいです。私にはあれが何だったのか、今も分かりません。

出典: the-mystery.org 「並行世界の自分が立つ卒業写真」

misty school building old japan empty Photo by urusy on Unsplash

もっと深く知りたい人向けの本

この話を読んで並行世界や不思議な体験に興味を持った方に、いくつか関連する本を挙げておきます。

並行世界そのものの理論的な背景を知りたいなら、ミチオ・カク著『パラレルワールド 11次元の宇宙から超空間へ』(NHK出版)が読みやすい一冊です。物理学者が一般向けに多世界解釈を解説していて、「もし本当に並行世界があるなら、こちら側に何が起きるのか」を考えるとっかかりになります。

都市伝説としての並行世界ネタを広く楽しみたいなら、宇佐和通著『世界の「都市伝説」についての考察』(祥伝社黄金文庫)がまとまっています。日本国内外の事例が幅広く収録されていて、今回のような「写真に自分がいない」系の話が他にもあることが分かります。

怪談実話系の読み物としては、木原浩勝・中山市朗著『新耳袋 現代百物語』(角川文庫)がやはり外せません。投稿型の体験談を丁寧に聞き取って再構成するスタイルは、今回のYさんの語りに近いものがあります。

もう少し濃いめの怪談が好きな方には『怪談実話系 書き下ろし怪談文芸競作集』(MF文庫ダ・ヴィンチ)もおすすめです。複数の書き手による実話怪談のアンソロジーで、日常の隙間に入り込む異界の感覚が味わえます。


本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。

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