昭和四十四年、越後の分校で名簿に増えた"十四人目"の名前を誰も知らなかった話
雪深い越後の分校に赴任した教師が明け方に聞いた掃き音。名簿に増えた一人、数の合わない扉。子どもだけが知る「ハキサマ」の正体とは。
名簿の名前が、一つだけ多い
今から三十年以上も前のことになります。
私は当時、新潟県のある山あいの町で教員をしておりました。正確に言えば「町」というのも少し大げさで、冬になると道がほとんど埋まってしまうような集落が点々と連なるだけの場所です。昭和四十四年の十一月、私はその集落にある分校に赴任しました。
ずっとこの話を誰かに聞いてもらいたかった。けれど、聞いてもらったところで何が変わるわけでもないとも思っていました。最近になって、ネットでいろいろな体験談を読むようになり、ここなら書いてもいいのかもしれないと思った次第です。文章がまとまらないかもしれません。ご容赦ください。
赴任先の分校は、本校から山道を四十分ほど入ったところにありました。児童は十三人。全学年合わせてです。教員は私を含めて二人で、もう一人は地元出身のベテランの先生。仮にT先生としておきます。T先生は五十代半ばの穏やかな男性で、この分校に二十年以上勤めていました。
分校には宿直の制度がありまして、週に二回ほど、私かT先生のどちらかが学校に泊まるんです。十一月の終わり頃から雪が降り始め、十二月に入ると腰の高さまで積もるようになりました。あの辺りの雪は重くて湿っていて、朝になると校舎の戸が開かなくなることもある。だから宿直の者は、朝五時には起きて玄関まわりの雪を掻かなければなりませんでした。
あの音を初めて聞いたのは、十二月の半ば、宿直三回目の明け方でした。
明け方四時、誰もいないはずの校庭から
目が覚めたのは四時を少し過ぎた頃だったと思います。
宿直室は職員室の隣にあって、六畳の和室に布団を敷いて寝ていました。石油ストーブをつけたまま寝ていたのに、部屋の空気がやけに冷たくて、それで目が覚めた。ストーブを確認すると、ちゃんと点いている。でも息が白いんです。おかしいな、と思いながら窓の方を見た。
そのとき、聞こえました。
ザッ、ザッ、ザッ。
雪を掃く音です。竹箒で固い雪の表面をこする、あの独特の音。ゆっくりと、一定の間隔で。ザッ、ザッ、ザッ。
最初は自分の聞き間違いだと思いました。風が何かに当たっている音かもしれない。でも、その音には明らかにリズムがある。人間の動作のリズムです。三秒に一回、正確に。ザッ、ザッ、ザッ。
窓に近づきました。カーテンの隙間から外を覗く。校庭は一面の雪で、月明かりに照らされて青白く光っていました。
誰もいない。
でも音は続いている。ザッ、ザッ、ザッ。校庭の向こう側、杉林の手前あたりから聞こえてくるような気がする。
三分ほどだったでしょうか。音がぴたりと止みました。静寂が戻ると、ストーブの燃焼音がやけに大きく感じられた。そのまま布団に戻りましたが、もう眠れませんでした。
朝の五時半、外に出て雪掻きを始めた私は、校庭の真ん中にあるものを見て手を止めました。
一本の筋が、校門から校舎の玄関に向かってまっすぐに伸びていたんです。
箒で掃いたような跡でした。幅が三十センチほどで、雪の表面だけをきれいに払ったように地面が見えている。その筋は校門の外からまっすぐ来て、玄関の前で終わっていました。足跡はない。筋の両側にも、雪の上にはどんな跡も残っていない。ただ箒で掃いたような一本の線だけが、五十メートルほど伸びていた。
Photo by Memorialman (CC BY-SA 4.0) via Wikimedia Commons
T先生が口にした名前
その日の放課後、T先生にこの話をしました。
私が「明け方に雪を掃く音がして、朝見たら校庭に一本の筋がありました」と言った瞬間、T先生の箸が止まりました。私たちは職員室で遅い昼食を食べていたのですが、T先生はしばらく黙ったまま、味噌汁の椀を見つめていました。
「先生、何か心当たりがありますか」
T先生は味噌汁をすすり、それから窓の外の校庭に目をやりました。雪掻きをしたあとの校庭には、もうあの筋は残っていませんでした。
「ハキサマだ」
小さな声でした。独り言のような。
「ハキサマ?」
「この辺りの言い方でね。昔から冬になると来るんだと。俺も赴任した最初の年に聞いた。音だけだったが」
T先生はそれ以上多くを語りませんでした。ただ、一つだけ言ったことがあります。
「扉を数えるなよ」
教室の扉を数えるな、と。分校の校舎は木造平屋で、教室が三つ、職員室が一つ、宿直室が一つ。扉の数なんて決まっている。なぜそんなことを言うのか分かりませんでした。
ですが私は、その週の金曜日の宿直で、T先生の言葉の意味を知ることになります。
📺 関連映像: 越後 山間部 分校 冬 怪談 民俗 — YouTube で検索
増えていた扉、増えていた名前
金曜日の夜でした。
就寝前に校舎を見回るのが宿直の仕事です。懐中電灯を持って廊下を歩きました。木造の廊下はどこを踏んでもきしむ。自分の足音しかしない校舎を一人で歩くのは、何度やっても慣れません。
教室を順番に確認しました。一年から三年生の教室。四年から六年生の教室。そしてもう一つの多目的教室。三つ。扉は引き戸で、それぞれ廊下側に一枚ずつ。三枚。
異常なし。施錠して宿直室に戻りました。
明け方、また聞こえました。ザッ、ザッ、ザッ。前回と同じ音。同じリズム。三秒に一回。今度は少し近い気がした。校庭の真ん中あたりから聞こえる。
窓を見ました。前回と同じ青白い校庭。前回と同じように、誰もいない。
でも今回は、少し違うことに気づきました。校舎の玄関のあたり、庇の下の暗がりに、何かが立っている。人の形をしたもの。背が低い。子どもくらいの高さ。
目を凝らしました。でも暗がりが濃すぎて、形がはっきりしない。そうしているうちに音が止まり、暗がりの中の輪郭も消えました。消えた、というよりも、最初からなかったような感じでした。
朝、雪掻きの前に廊下を歩きました。教室の扉を確認しようとして。
四枚ありました。
引き戸が四枚、廊下に並んでいる。三つの教室に一枚ずつで三枚のはずが、四枚ある。四枚目は多目的教室と職員室の間にあって、昨晩の見回りでは確かになかったところです。四枚目の扉を開けてみました。中は普通の教室でした。机が並んでいる。黒板がある。ただ、ものすごく寒かった。外より冷たい空気が、扉を開けた瞬間に廊下に流れ出してきた。そして、かすかに土の匂いがしました。湿った、冬の土の匂い。
すぐに扉を閉めました。
昼にもう一度確認すると、扉は三枚に戻っていました。
T先生に報告しました。T先生は長い溜息をつきました。
「やっぱりな。数えてしまったか」
「数えるなというのは、そういう意味だったんですか」
「数えると気づかれる。気づかれると、向こうもこちらを数え始める」
T先生はそう言って、引き出しから出席簿を出しました。児童の名簿です。
「先生、これ数えてみてくれ」
名前を数えました。十四人。十三人のはずが、十四人いる。
十四人目の名前を見ました。読めませんでした。漢字なのかどうかも分からない。墨で書いたような、にじんだ文字がそこにある。でも確かに名前の体裁をしている。姓があって名がある。
「この名前、前からありましたか」
「ない。昨日まではなかった。だが消そうとしても消えない。上から紙を貼っても染み出してくる」
確かに、その名前の上には薄い紙が貼られた跡がありました。紙を剥がしたのか、それとも紙の上からにじんできたのか。
Photo by alam kusuma on Unsplash
子どもたちだけが知っていたこと
翌週の月曜日、私は子どもたちに何気なく聞いてみました。
「みんな、ハキサマって知ってる?」
教室の空気が変わりました。十三人の児童が一斉に黙った。その沈黙は、知らないから黙っているのではない。知っているから黙っている。そういう種類の沈黙でした。
六年生のY君が最初に口を開きました。この子は集落の中でも古い家の子で、普段はおとなしい。
「先生、ハキサマの話は学校でしちゃだめだって、ばあちゃんに言われとる」
「どうしてだめなの」
「聞くと来るから」
三年生のRちゃんが小さな声で言いました。
「ハキサマは雪の下にいるんだよ。冬になると出てきて、学校まで道を掃いてくるの。道を掃いて、教室に入って、空いてる席に座るの」
「空いてる席?」
「うん。誰もいない席。だから先生、席を余らせちゃだめなんだよ」
私はぞっとしました。分校の教室には、児童の数より多くの机と椅子があったんです。古い備品がそのまま残っていた。使っていない机が三つ、四つ、教室の後ろに並んでいた。
T先生が「扉を数えるな」と言った意味。子どもたちが「席を余らせるな」と言う意味。数えると気づかれる。空席があると座られる。名簿に名前が増える。
その週のうちに、T先生と二人で余った机と椅子を全部、物置に片付けました。名簿の十四人目の名前は、翌朝には消えていました。にじんだ跡だけが、うっすらと残っていた。
その冬の間、明け方に雪を掃く音はあと二度聞こえました。校庭の筋も二度現れました。けれど扉が増えることはなく、名簿に名前が増えることもありませんでした。
春になり雪が消えると、音もぱったり止みました。
Photo by Red Shuheart on Unsplash
あれから半世紀以上が過ぎて
翌年の春、私は本校に異動となり、あの分校を離れました。T先生はその後も数年間あの分校に残ったと聞いています。
一度だけ、T先生に手紙を書いて「ハキサマ」について詳しく聞いたことがあります。返事にはこう書かれていました。
「あの集落には昔、雪崩で亡くなった子どもがいた。分校が建つ前の話だ。その子は雪の中に埋まったまま春まで見つからなかった。見つかったとき、手に竹箒を握っていたそうだ。朝の掃除当番で、学校に向かう途中だったらしい。集落の者はその子のことをハキサマと呼ぶようになった。掃く者、という意味だろう」
手紙の最後に、T先生はこう書き添えていました。
「あの子はまだ学校に来たいのだと思う。席がある限り」
あの分校は昭和五十年代に廃校になったと聞きました。今はもう建物も残っていないかもしれません。
私は退職してずいぶん経ちますが、冬になると時々、明け方に目が覚めることがあります。そして耳を澄ませてしまう。ザッ、ザッ、ザッという音が聞こえないか。もちろん、聞こえるはずがない。ここは新潟から遠く離れた街の集合住宅です。
でも、あの音を聞いたことのある人間は、冬の明け方に目が覚めると、必ず耳を澄ませてしまうんです。雪が降っていなくても。
あの名簿のにじんだ文字が、何と書いてあったのか。T先生にも読めなかった。子どもたちにも聞いたが、誰も答えなかった。
あの名前を読めるのは、たぶんハキサマだけです。
長文を読んでいただいてありがとうございました。あの分校のことをご存知の方、あるいは「ハキサマ」に似た話を聞いたことのある方がいらっしゃいましたら、教えていただけるとありがたいです。
Photo by Nagy Arnold on Unsplash
もっと深く知りたい人向けの本
この話を読んで、雪国の民間伝承や怪異譚に興味を持った方には、以下の書籍をおすすめします。
柳田國男『遠野物語』(岩波文庫)は、日本の民間伝承を記録した原点ともいえる一冊で、山間部の集落に伝わる不可思議な話が数多く収録されています。「ハキサマ」のような名もなき存在の記録は、この系譜に連なるものかもしれません。
宮田登『日本の民俗信仰』(講談社学術文庫)は、日本各地の民俗信仰を体系的にまとめた著作で、土地に根ざした霊的存在がどのように信仰と結びついてきたかを理解する手がかりになります。
高橋敏『雪国の民俗』(吉川弘文館)は、越後を含む雪国の暮らしと信仰を丹念に記述した一冊です。雪に閉ざされた集落特有の精神世界を知るにはこの本が最適です。
木原浩勝・中山市朗『新耳袋 第一夜』(角川文庫)は、現代の実話怪談集として、今回のような投稿型の怪異体験を多数収録しています。分校の話に引き込まれた方なら、きっとこちらも手が止まらなくなるはずです。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
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遠野物語
柳田國男 / 岩波文庫
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日本の民俗信仰
宮田登 / 講談社学術文庫
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雪国の民俗
高橋敏 / 吉川弘文館
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新耳袋 第一夜
木原浩勝・中山市朗 / 角川文庫
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