世界怪奇録
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昭和五十七年、国鉄保線区の柵の外側だけ草が生えなかった話──四十四年間、誰も開かなかった野帳の記録

国鉄保線区の用地境界柵の外側だけ草が伸びない。境界杭の外に残る内向きの素足の跡。五年ごとに塗り潰される確認者欄の意味とは。

昭和五十七年、国鉄保線区の柵の外側だけ草が生えなかった話──四十四年間、誰も開かなかった野帳の記録
Photo by KIBOCK DO on Unsplash

誰も刈っていないのに、そこだけ草が伸びなかった

今から三十年以上、正確にはもう四十年以上も前の話になります。

私は昭和五十七年に国鉄の保線区に配属されました。保線というのは、線路や枕木、バラスト、それから用地境界の柵や杭を維持管理する仕事です。地味で泥臭い、でも列車の安全を支える現場の仕事でした。

会話の内容もかなり古い記憶なので、正確じゃない部分もあるかもしれません。許してください。ただ、数字と場所だけはずっと覚えています。四十四年間、ずっと頭から離れなかったので。

私が受け持ったのは十四キロの区間。線路の両側には用地境界の柵があって、国鉄の敷地と民有地を分けていました。柵と言っても立派なものではなく、古い木杭に有刺鉄線を張っただけのものが大半です。

配属されて最初の夏。草刈りの季節になって、先輩のTさんと一緒に区間を歩きました。線路際の草を刈るのは保線の基本業務の一つで、夏場は月に一度は見回りと作業がある。けれどTさんは、柵の外側を指さしてこう言いました。

T「あっち側は刈らんでいい。いや、刈らんでいいっつーか、刈る必要がない」

柵の内側、つまり国鉄用地のほうは雑草がびっしり茂っている。ところが柵の外側、民有地のほうを見ると、柵に沿った幅一メートルほどの帯状の地面だけ、草がほとんど生えていませんでした。

最初は除草剤でも撒いてあるのかと思った。けれどTさんは首を横に振るだけで、それ以上何も言いませんでした。

abandoned railway track overgrown japan Photo by Sam Lee on Unsplash

Tさんが見せたくなかったもの

配属から二ヶ月ほど経った秋口のことです。

境界杭の確認作業というのがあって、敷地の境界に打たれたコンクリート杭が倒れていないか、動いていないかを定期的にチェックします。その日は私一人で担当区間の杭を順番に見て回っていました。

問題の場所にたどり着いたのは、昼過ぎでした。周囲は田んぼと雑木林で、最寄りの民家まで三百メートルはある。線路の向こうはすぐ山の斜面。人通りはほぼありません。

境界杭の周りを確認していて、ふと地面を見ました。

杭の外側、つまり柵の向こう側の地面に、足跡がありました。素足の、人間の足跡です。それは柵の外側から内側に向かって、つまり線路のほうを向いて立っていた跡でした。

片足だけ。もう片方はない。泥に深く沈んだ素足の跡が一つ。つま先は線路の方向を向いている。

私は民有地側には入れませんから、柵越しに覗き込むようにして見ただけです。でも妙なことに気づいた。足跡は沈んでいるのに、そこに来るまでの歩いた跡がどこにもない。ぽつんと一つだけ。まるで空から降りてきてそこに立ったような。

保線区の事務所に戻って、Tさんにそのことを報告しました。

Tさんは煙草を灰皿に押しつけて、しばらく黙っていました。それから引き出しの奥から古い野帳を取り出しました。

T「お前、これ見るか」

野帳というのは、現場で使う測量用の小さなノートです。ポケットに入るサイズの、横長のやつ。Tさんが出したのは表紙が黄ばんで角が丸くなった、相当古いものでした。

T「やっぱ見んほうがいいか。いや、でもなぁ。お前がこの区間やるなら知っとかんと」

old surveyor notebook dust dark Photo by Kolby Milton on Unsplash

五年ごとに塗り潰される名前

野帳を開くと、中には区間ごとの境界杭の確認記録が書かれていました。確認日、杭の番号、状態、確認者のサイン。保線区の仕事は几帳面な記録が命ですから、こういう帳面は何冊もある。

ただ、Tさんが見せたかったのは記録の内容じゃなかった。

確認者の欄です。

最初のページから順に見ていくと、確認者の名前が書かれている。昭和三十年代の筆跡で、丁寧な字。ところが何ページか進むと、ある確認者の名前が黒いインクで塗り潰されている。完全に読めないように、丁寧に、何度も重ねて。

そしてまた別の名前が現れて、数年分の記録が続いて、また塗り潰される。

T「数えてみ」

塗り潰された名前と名前の間隔を数えました。五年。ほぼ正確に五年おきに、一人ずつ名前が消されている。

私「これ、異動とかで消してるんですか」

T「異動で名前を塗り潰す必要がどこにある」

それはそうです。異動なら次の人が書けばいいだけで、前の人の名前を消す理由がない。

T「この区間の杭確認の担当者は、だいたい五年で変わる。変わるっつーか、変わらざるを得なくなる」

私「変わらざるを得ない?」

Tさんはそれ以上は言いませんでした。ただ、こうだけ付け加えた。

T「あの柵の外側に、絶対に出るな。杭の確認は柵の内側からだけやれ。外側に回り込むな。足跡を見ても、報告書には書くな。俺にだけ言え」

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四十四年間、黙り続けた理由

それから私は、その区間を六年受け持ちました。五年を超えたことになります。

足跡は、見ました。何度も。いつも同じ場所ではなく、柵に沿って少しずつ位置が変わっていた。ただし必ず柵の外側で、必ず内向き。つまり線路のほうを見て立っている足跡。片足だけのときもあれば、両足のときもあった。

草が生えないのは、その足跡が現れる帯状の範囲と一致していました。

六年目の冬、私は別の保線区に異動になりました。Tさんに挨拶に行ったとき、Tさんは少し安心したような顔をしていた。

T「五年超えたからな。大丈夫とは言わんが、まあ、ここの担当じゃなくなるなら」

私「Tさんはどのくらいやったんですか、あの区間」

T「俺は三年で上に頼んで外してもらった。その前の人はきっかり五年」

私「その前の人は」

T「名前、塗り潰したろ」

それきり、Tさんとその話をすることはありませんでした。

国鉄は昭和六十二年に分割民営化され、私は国鉄時代の経験を持ったままJRに移りました。あの路線は平成に入ってから利用者減少で廃線になった。線路も柵も杭も、今はもうない。雑木林と藪に飲み込まれて、痕跡すら残っていないはずです。

廃線が決まった年、私は一度だけあの場所を見に行きました。柵はすでに朽ちて倒れていて、有刺鉄線は錆びて地面に這っていた。

けれど、あの帯状の範囲だけは、やはり草が薄かった。柵がなくなっても。線路が剥がされた後でも。そこだけ地面が露出しているように見えた。

空気が冷たかった。秋の終わりだったけれど、あの場所だけ温度が二度か三度は低い。鼻の奥に、湿った土と、もう一つ何か、錆びた鉄のような匂いがした。

私はそれ以上近づかずに、車に戻りました。

abandoned railway line overgrown weeds japan fog Photo by KIBOCK DO on Unsplash

帳面を開いた日

定年を迎えた後も、あの野帳のことはずっと気になっていました。

Tさんは私より十年以上年上で、もう連絡もつかない。廃線後にあの保線区の備品がどう処分されたのか、正式な記録はない。鉄道関連の資料は一部が郷土資料館に寄贈されたと聞いて、一度見に行ったことがあります。

野帳はありませんでした。当然かもしれない。現場の消耗品ですから。

ただ、私には一つだけ手元に残っているものがあった。異動する前日、Tさんが「お前も持っとけ」と言って渡してきた、野帳のコピーです。事務所のコピー機で取ったもので、画質は悪い。けれど塗り潰された名前の箇所と、その間隔ははっきり読める。

四十四年間、そのコピーを開くことはしませんでした。引き出しの奥にしまったまま。見たら何かが動き出すような気がして。

開いたのは、つい最近です。理由は分からない。ふと思い立って、という感覚に近い。自分の意志なのか、それとも何かに促されたのか。正直、区別がつかない。

コピーを広げて、塗り潰された箇所を数え直しました。昭和三十年代から私が異動するまでの間に、五つの名前が消されていた。

五つ。五年おきに五つ。二十五年分。

そのうち最後の一つは、私の前任者の名前のはずです。Tさんが言った「きっかり五年」の人。

塗り潰しの上から光に透かしてみたけれど、名前は読めなかった。

一つだけ気になったことがあります。コピーの最後のページ。私が担当していた期間の確認記録が書かれたページの端に、Tさんの筆跡で小さくこう書いてあった。

「六年。まだ大丈夫」

「まだ」という言葉が、四十四年経った今も引っかかっています。

あの柵の外に立っていたものが何だったのか。なぜ五年なのか。塗り潰された名前の人たちがどうなったのか。私は何も知りません。Tさんに聞けるうちに聞いておけばよかったと、今になって思います。

この話を誰かに聞いてほしかった。検証してほしいとか、答えが欲しいとか、そういうことではないのかもしれません。ただ、四十四年間しまっておいたものを、そろそろ外に出しておかないと、今度は私の名前が塗り潰される番のような気がして。

misty abandoned path overgrown japan dark Photo by Kevin Ma on Unsplash

何が分かっていて、何が分かっていないか

この話に明確な答えはない。

投稿者が語っているのは、昭和五十七年から約六年間の保線業務中の体験です。柵の外側だけ草が生えない帯状の範囲。内向きの素足の足跡。五年周期で塗り潰される確認者の名前。そしてそれを見届けた先輩Tさんの沈黙。

鉄道の保線区にまつわる怪異譚は、実は少なくありません。線路や枕木、踏切といった場所は、古くから「境界」として語られてきた。柳田國男の『遠野物語』には辻や橋のたもとに現れる異形の話が収められていますが、鉄道が敷かれた明治以降、その「境界」の役割は線路にも引き継がれたとする民俗学的な指摘もある。

用地境界の柵というのは、まさに文字通りの境界です。国の土地と民の土地を分ける線。その外側に「何か」が立っていたという話は、古い土地の記憶と、近代のインフラが重なった場所で起きた出来事として読むこともできる。

もちろん、これは一人の元保線員の個人的な体験談にすぎません。野帳の現物は確認できず、Tさんの証言を裏取りする手段もない。五年周期の意味も不明のままです。

ただ、廃線になった後もあの場所だけ草が薄かったという描写。それが事実なら、土壌に何らかの変化があったのか、あるいはもっと別の理由があるのか。答えは出ていない。

投稿者は四十四年間この話を黙っていた。黙り続けること自体が、あの場所の「ルール」だったのかもしれません。書き込んだ今、何かが変わるのか。変わらないのか。

あの柵の外側に立っていたものの正体は、たぶん誰にも分からない。

empty rural train tracks japan dusk fog Photo by Kai Hsu on Unsplash

出典: 線路の柵の外に立つもの|the-mystery.org

もっと深く知りたい人向け

この話のように、鉄道や現場仕事にまつわる怪異に興味がある方には、以下の本をおすすめします。

『鉄道怪談』(田中聡/KADOKAWA)は、鉄道員や沿線住民から集めた実話怪談を収録したもので、保線や信号所の話も多く含まれています。

『新耳袋 第一夜』(木原浩勝・中山市朗/角川文庫)は、実話怪談の金字塔。職業がらみの怖い話も数多く、現場の空気が伝わる語り口は本記事の投稿者の文体にも通じるものがあります。

『遠野物語』(柳田國男/岩波文庫)は言わずと知れた日本民俗学の原典。辻や橋、境界に現れる異形の話を読むと、「柵の外側」という場所の意味が少し見えてくるかもしれません。

『現代民話考』(松谷みよ子/筑摩書房)は、全国各地の現代に語り継がれる民話を体系的にまとめた大著で、土地にまつわる禁忌や「立ってはいけない場所」の話が複数収められています。

出典: the-mystery.org (恐怖体験)


本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。

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