火星で5日間「手が抜けなくなった」探査機の話が、なぜか他人事に思えなかった
火星探査機キュリオシティが岩石にドリルを突っ込んだまま5日間抜けなくなった。地球から遠隔で見守るしかないNASAの焦燥と、その解決までの記録。

Mが深夜のLINEグループに突然、NASAのニュースページのURLを投げてきた。
「これ見ろ。ドリルが岩から抜けなくなって5日間もがいてる探査機」
俺を仮にAとします。会社の同期でMってやつがいて、こいつが無類の宇宙ネタ好き。飲み会のたびに火星だの木星だのの話をしてくるから、俺らの間では「NASA広報」ってあだ名がついてる。で、そのMが珍しくテンション高めに送ってきたのがこの話だった。
最初は「探査機のトラブル?ふーん」くらいだった。でも詳しく調べていくうちに、なんというか、妙に胸がざわついた。何億キロも離れた星の上で、たった一台の機械が岩に手を突っ込んだまま動けなくなってる。助けに行ける人間は誰もいない。地球からの指示が届くまで片道十数分かかる。その間ずっと、火星の荒野にぽつんと立ってる。
これ、怖い話じゃないですか。
長文になるかもしれない。宇宙の話だけど、どっちかっていうと「人間が遠くの存在をどうにもできない恐怖」の話として読んでほしいです。
火星の地表で「それ」は起きた
キュリオシティ。正式名称はMars Science Laboratory。NASAが2011年に打ち上げ、2012年8月に火星のゲイルクレーターに着陸した探査車(ローバー)で、重さはおよそ900キログラム。軽自動車くらいのサイズがある。
こいつの主な仕事は、火星の岩石や土壌を採取して分析すること。腕の先端に取りつけられたドリルで岩に穴を開け、粉末状のサンプルを回収して車体内部の分析装置に送り込む。地球の工事現場でやってることと原理は変わらない。ただし作業現場が火星なだけ。
トラブルが起きたのは、ある岩石のサンプル採取中だった。
ドリルで岩に穴を開けた。そこまでは順調。問題はその後。掘り進めた先で、岩の破片がドリルビットに噛み込んだのか、あるいは穴の内壁が崩れてビットを締めつけたのか、とにかくドリルが岩から抜けなくなった。
人間に例えるなら、壁の穴に手を突っ込んだら拳が引っかかって抜けない、あの状態。しかも相手は火星の岩。隣に誰もいない。潤滑油を差してくれる同僚もいなければ、壁をハンマーで叩き割ってくれる人もいない。
NASAのジェット推進研究所(JPL)の管制室に「ドリルが動かない」という信号が届いたとき、スタッフの間にどんな空気が流れたのか。想像するだけで背筋がひんやりする。
Photo by Wolfgang Hasselmann on Unsplash
地球から火星へ、片道14分の「待ち時間」
ここで知っておいてほしいのが、地球と火星の通信にかかる時間のこと。
地球から火星までの距離は、両者の軌道位置によって変わるけれど、電波が届くまでだいたい片道4分から24分かかる。平均すると14分前後。つまりNASAが「ドリルを右に回せ」と指示を送っても、その命令がキュリオシティに届くのは14分後。キュリオシティが「了解、やってみます」と返事を送ってきても、それが地球に届くのはさらに14分後。一往復で約30分。
これ、めちゃくちゃもどかしい。
たとえば自分の部屋で棚の隙間に手が挟まったとして、横にいる友達に「ちょっと引っ張って」と言えば5秒で解決する。でもその友達が14分先の場所にいて、しかも直接触れないとしたら。こっちの状況を説明して、友達が考えて、指示を送って、それが届くまでにまた14分。その間ずっと手は挟まったまま。
Mが「想像しただけで息苦しくなる」と言ってたけど、まさにそれ。
NASA側は当然、闇雲にドリルを動かすわけにはいかない。無理に引っ張ればドリルビットが折れるかもしれない。折れたら今後の岩石採取能力が大幅に落ちる。かといって放置すればキュリオシティはその場から動けなくなる可能性もあった。
管制チームは慎重に作戦を練った。地球上の岩石とドリルで再現実験をやり、どの角度でどれくらいの力をかければビットにダメージを与えずに引き抜けるかをシミュレーションした。そのデータをもとに指令を組み、14分かけて火星に送る。結果が返ってくるのを、また14分待つ。
この作業を、5日間繰り返した。
Photo by CAMCAT - Christopher Michael on Unsplash
📺 関連映像: キュリオシティ 火星探査 ドリル トラブル — YouTube で検索
5日間、火星の荒野で何が起きていたか
Mが集めてくれた情報と、俺が自分で調べた内容をまとめる。会話の内容は覚えてるものを書いてるので、多少の乱文は許してほしい。
キュリオシティに搭載されているドリルは、パーカッション(打撃)とローテーション(回転)を組み合わせて岩を掘る方式。コンクリートに穴を開ける振動ドリルに近い。このドリルのビット(先端の刃)が、岩の内部で完全にロックされた。
NASAが最初に試みたのは、ドリルを逆回転させながらゆっくり引き上げる方法。一番シンプルなアプローチ。だが動かない。
次に、打撃モードを細かく断続的に作動させて振動を与えながら引き抜く方法。振動で噛み込みを緩めようという狙い。これも効果が薄かった。
管制室の空気は日に日に重くなっていったはずだ。
3日目、4日目。JPLの技術者たちは交代で張りつき、わずかな角度の変更、回転速度の微調整、打撃のタイミングの変更を繰り返した。1回の試行ごとに30分近い通信のタイムラグがある。焦りと慎重さの間で、神経をすり減らすような作業が続いた。
5日目。ようやくドリルが岩から離れた。
その瞬間の管制室がどうだったのか、公式な映像は見つけられなかった。でもNASAの技術者がどれだけ安堵したか、想像に難くない。何しろキュリオシティは地球の工場に送り返せない。壊れたら終わり。交換部品を届けるロケットもない。火星の上にあるものだけで何とかするしかない。
ドリルが抜けた後、JPLチームはビットの状態を慎重に確認した。幸い、致命的な損傷はなかったとされている。キュリオシティはその後も探査を続行できた。
ただ、このトラブルは一つの教訓を残した。火星の岩石は地球の岩と同じようには振る舞わない。重力が地球の約38パーセントしかないこと、大気がほぼ存在しないこと、温度が摂氏マイナス60度前後まで下がること。これらの条件がドリルと岩石の摩擦や噛み合わせにどう影響するか、まだ完全には解明されていない。
Photo by Andrew Krotov on Unsplash
Mが夜中に送ってきた一言
ここからは俺とMのやりとりの話になる。
ドリルのトラブルについてひととおり調べ終えた深夜3時くらい。Mからまたメッセージが来た。
M「おまえさ、キュリオシティが岩に挟まってる5日間、こいつ何考えてたと思う?」
俺「いや、AIっつっても自我はないだろ」
M「そうじゃなくて。こいつ、完全に一人だろ。火星に。地球からの指示が来るまでの14分間、こいつはただ待ってるわけだ。暗くなって気温が下がって、砂嵐が来るかもしれなくて、それでもじっと待ってる」
M「しかもこいつ、自分では自分を修理できない。ドリルが折れたら誰も助けに来ない。それを分かってるかどうかは知らんけど、分かってなくても状況は同じだろ」
M「なんか、すげぇ怖くないか?」
正直、ゾッとした。
俺が怖いと思ったのは幽霊とか呪いとかじゃなくて、「絶対に助けに行けない場所で、何かが困っている」という状況そのもの。しかもキュリオシティは2012年から火星にいる。もう10年以上、たった一台で。設計寿命はとっくに過ぎてるのに、まだ動いてる。
Mは「こいつはいつか止まる。その時、火星にはこいつの残骸だけが残る。何億年も」と言った。
それを聞いた瞬間、夜中の部屋の温度が2度くらい下がった気がした。エアコンの設定は変えてない。窓も閉まってる。でも確かに、肌がざわついた。
Photo by Florentina Tilvic on Unsplash
帰れない機械が教えてくれること
キュリオシティだけじゃない。火星には2021年に着陸したパーサヴィアランスもいる。こちらは小型ヘリコプター「インジェニュイティ」を積んでいて、火星で初めての動力飛行を成功させた。
でもこいつらも、地球には帰ってこない。
NASAの火星探査車で「帰還」を前提に設計されたものは一台もない。送り込んだら最後、あとは動ける限り働いてもらって、止まったらそのまま火星の一部になる。
2019年にNASAが正式に運用終了を宣言した探査車オポチュニティは、2018年の大規模砂嵐でソーラーパネルが覆われ、通信が途絶えた。最後に送ってきたデータを人間の言葉に意訳すると「バッテリーが減ってきた。暗くなってきた」という内容だったとされている。これがネット上で広まって、多くの人が泣いた。
俺はこの話を知ったとき、怪談を読んだときと同じ感覚になった。
誰もいない場所で、何かが消えていく。その最後の声を、遠くから聞くことしかできない。
Mは「幽霊が怖いんじゃなくて、どうにもできない距離が怖いんだ」と言った。たぶん、そういうことだと思う。
キュリオシティのドリルトラブルは、結果的には無事に解決した。でもあの5日間、火星の地表でじっと動けずにいた探査車のことを考えると、なんとも言えない気持ちになる。
次にドリルが抜けなくなったとき、同じように助かる保証はどこにもない。
Photo by Patrick Hendry on Unsplash
何が分かっていて、何が分かっていないか
分かっていること。キュリオシティは火星でドリルが岩に噛み込むトラブルに遭い、NASAのJPLチームが5日間かけて遠隔操作で無事に引き抜いた。探査車に致命的な損傷はなく、その後も任務を続行した。
分かっていないこと。火星の岩石がなぜあのタイミングでドリルを噛み込んだのか、正確なメカニズムは完全には公開されていない。火星の地質条件(低重力・極低温・ほぼ真空)がドリル作業にどこまで影響するか、データの蓄積はまだ途上にある。
そしてもう一つ、俺が個人的に分かっていないこと。あの夜、Mの話を聞いた後に感じた肌寒さが何だったのか。部屋の温度計は変わってなかった。窓も閉まってた。
たぶん、あれは「何億キロ先で一人きりの機械」を想像したときに、自分の中の何かが反応したんだと思う。共感なのか恐怖なのか、うまく言葉にできない。
長文を最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。幽霊の話じゃなくて申し訳ない。でも俺にとっては、これは十分に怖い話だった。アレが何だったのか、うまく説明できる人がいたら教えてほしい。
出典: カラパイア
もっと深く知りたい人向け
火星探査やキュリオシティについてもっと知りたい人には、以下の本をおすすめしたい。
『火星の歩き方』(臼井寛裕・宮本英昭 / 光文社新書)は、火星の地質や環境を一般向けに解説していて入門に最適。
『キュリオシティ 火星探査車がみた赤い惑星』(マーク・カウフマン / 日経ナショナルジオグラフィック)は、キュリオシティの任務を豊富な写真とともに追ったビジュアルブック。探査車が撮影した火星の風景がそのまま載っていて、あの「孤独感」を追体験できる。
『宇宙に命はあるのか』(小野雅裕 / SBクリエイティブ)は、NASAのJPLで実際に働く日本人技術者が書いた一冊。探査機を送り出す側の人間がどんな気持ちで仕事をしているのか、その温度がじかに伝わってくる。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
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火星の歩き方
臼井寛裕・宮本英昭 / 光文社新書
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キュリオシティ 火星探査車がみた赤い惑星
マーク・カウフマン / 日経ナショナルジオグラフィック
- 📖
宇宙に命はあるのか
小野雅裕 / SBクリエイティブ
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