信州の桑畑に立っていた白い女──嫁いだ先で「白丈さま」に魅入られた夜の話
昭和四十三年、養蚕の村へ嫁いだ女性が桑畑の土塀の上に見た白い長身の女。からりと鳴る音の正体と、四つ辻の石仏が語る禁忌。
あの夏、桑畑の土塀の上に「それ」が立っていた
最初に気づいたのは、音だった。
からり、からり。乾いた竹を叩くような、それでいて骨が軋るような音。昭和四十三年の初夏、信州の山間にある養蚕の村へ嫁いで間もない頃の話です。
長文です。文才もなく、読みにくいかもしれません。ただ、この話をどこかに残しておきたくて、今さらですが書かせてもらいます。もう五十年以上前のことなので細部は曖昧なところもあります。でも、あの音と、土塀の上に立っていたものの輪郭だけは、目を閉じれば今でもはっきり浮かびます。
私は当時二十二歳。東京の下町で生まれ育ち、大学時代に知り合った夫のTと結婚して、Tの実家がある信州のある村に嫁ぎました。村の名前は伏せます。今は合併して別の市の一部になっていますが、当時はまだ独立した小さな村で、家々の大半が養蚕で生計を立てていました。桑畑がどこまでも続いていて、梅雨入り前のこの時期は桑の葉が青々と茂って、風が吹くと葉擦れの音がざあっと波のように聞こえる。東京育ちの私には、最初はそれだけで少し怖かった。
Tの実家は村の中でもやや外れにあって、裏手に大きな桑畑を持っていました。その畑の端に、古い土塀が残っていた。高さは私の背丈より少し高いくらい。崩れかけていて、誰も手入れなどしていない。義母のHさんに「あの土塀は何ですか」と聞いたら、ちょっと顔を曇らせて「昔の境だよ」とだけ言って、それきり話を変えられてしまった。
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Tの家の人たちが口を揃えて言ったこと
嫁いで最初の一週間で、私はこの家にいくつかの暗黙のルールがあることに気づきました。
まず、桑畑の土塀には近づかないこと。特に日が暮れてからは絶対に。義父のKさん、義母のHさん、Tの祖母にあたるおばあさん。三人とも口を揃えて、けれどあまり詳しい理由は教えてくれない。「あっちは暗いから」「蛇が出る」「足元が危ない」と、もっともらしい理由はつけるのですが、目が笑っていない。
それから、村の四つ辻に置かれている石仏に手を合わせること。朝晩、畑に出る前と帰ってきた後に。これは信心深い土地柄だからだろうと最初は思っていました。でも、あの石仏を拝む時だけ、義母の唇が微かに動いて何か唱えているのが見えた。何を言っているのか聞き取れなかった。
Tに聞いてみたことがあります。
私「あの土塀の向こうに何かあるの?」 T「ん? ああ、昔はうちの畑がもっと先まであったらしいけど、今は誰も使ってない」 私「お義母さんたち、すごく嫌がるよね、あっちの話」 T「まあ、田舎のばあちゃんたちは色々あるから。気にしなくていいよ」
T自身は東京の大学を出て、戻ってきたのも最近のこと。どうやらTはこの村の「決まりごと」の多くを知らないか、あるいは知っていても気にしていないようでした。
けれど一度だけ、Tの祖母が私に直接言ったことがあります。夕食の片付けをしていた時、台所で二人きりになった。祖母は私の肩にそっと手を置いて、低い声でこう言った。
祖母「白丈さまを見ても、目を合わせちゃなんねえ。見たら、すぐこっちへ戻って来な」
白丈さま。しろたけさま、と聞こえた。私が何のことか聞き返す前に、祖母はもう居間に戻ってしまっていました。
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六月のある夕方、私はそれを見た
梅雨入りが近い六月の夕方だったと記憶しています。
蚕の世話は朝早くから始まって、日中は桑の葉を摘む作業がある。その日は義母と二人で桑畑に出ていて、だいぶ遅くまで作業をしていました。義母が先に戻って、私は最後の一籠を抱えて畑を歩いていた。
空はまだ完全には暮れていなかった。薄い藤色の空に、西の山の稜線が黒く切り取られていて、桑の葉の匂い。青臭くて少し甘い、あの匂いが濃かった。足元の土は乾いていて、自分の草履の音だけが聞こえていた。
その時です。
からり。
乾いた音がした。竹がぶつかるような、でもそれよりもっと硬くて軽い音。土塀のほうから。
立ち止まって、そちらを見ました。
土塀の上に、人が立っていた。
白い着物。白い菅笠。とにかく背が高い。土塀の高さは私の背より上なのに、その人はそこに立って、なおも私より頭二つ分は高かった。ということは、身の丈が二メートルを超えていたことになる。細い。恐ろしく細い。白い着物が風もないのに微かに揺れていて、菅笠の下は影になっていて顔が見えない。
からり、からり。
音は、その人の足元から聞こえているようだった。いや、着物の袖のあたりかもしれない。何かを手に持っていたのか、体が鳴っていたのか。判然としない。
動けなかった。怖いとか、逃げなきゃとか、そういう感情が湧く前に、体がそのまま固まってしまった。目が離せない。菅笠の下の暗がりに目を凝らしている自分がいた。顔を見たい、と思ってしまった。今思えば、あれが「魅入られる」ということだったのかもしれない。
どのくらいそうしていたか分かりません。数秒だったかもしれないし、数分だったかもしれない。
背後で義母の声がした。
H「あんた! 何見てる! こっち来な! 早く!」
肩を掴まれた。義母の手が震えていた。私は引きずられるようにして畑を離れ、家に戻された。籠は畑に置き去りにした。
家に着くと、義父と祖母がもう玄関に立っていた。義母が何か早口で言って、三人の顔色がさっと変わった。Tはその日、仕事で町に出ていて不在だった。
祖母「目は合わせなんだね?」 私「分かりません。顔が見えなかったので」 祖母「菅笠の中を覗こうとしなんだね?」 私「覗こう、とは。見ようとはした、かもしれません」
祖母は長い息を吐いた。
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一族に囲まれて、隣村まで送られた夜
その夜のことは、断片的にしか覚えていません。ただ、異様だったことは確かです。
義父が電話をかけ始めた。村の中の親戚やら、顔見知りの老人やら。一時間もしないうちに、家の座敷に七、八人の年配の人たちが集まってきた。みんなTの親戚筋にあたる人たちで、私は座敷の真ん中に座らされて、ぐるりと囲まれた。
お経ではなかった。祝詞でもなかった。何か節をつけた文句を、全員で繰り返し唱えていた。低い声が部屋の中で反響して、線香の煙が充満していた。あの匂いは今でも覚えています。線香と、畳と、古い木の匂い。それから、集まった人たちの体温で部屋がじっとり暖かくなっていく、あの不快な湿度。
途中で、祖母が私の額に何かを当てた。冷たくて硬い、金属のようなもの。見せてもらえなかったので何だったか分かりません。
深夜になって、義父が言った。
K「隣の村の先生んとこへ連れて行く。今夜中に」
先生、というのは隣村にいるお坊さんのことだったようです。でも普通のお寺の住職というよりは、この辺り一帯で「そういうこと」を扱う人という位置づけらしかった。
真っ暗な山道を、義父の軽トラックで隣村まで走った。助手席には義母。荷台に私と、Tの叔父にあたる人が二人。田んぼの中の一本道を走っている間、誰も口を開かなかった。蛙の声だけがうるさいほど聞こえていて、空には星も月もなかった。曇っていたのだと思う。
隣村の「先生」は、六十代くらいの小柄な男の人でした。深夜に突然訪ねてきた私たちを見ても驚いた様子はなく、私の顔をじっと見てから、短くうなずいた。
先生「ああ、寄られとるね。けど浅い。目は合わせてないね」
それから先生が何をしたかは、正直よく覚えていません。お経のようなものを読んで、私の頭と肩に何かを振りかけた。塩ではなかったと思う。もっと粉っぽい、乾いた感触のもの。
先生「白丈さまは桑を守る方だけど、気に入った者を連れていく方でもある。嫁入りしたばかりの若い女子が一番危ない。しばらくは土塀に近づかんこと。四つ辻の仏さまに毎朝毎晩、手を合わせること」
先生はそう言って、最後に私に小さな守り袋を渡してくれた。中身は教えてもらえなかった。「開けちゃいかん」とだけ言われた。
四つ辻の石仏と、後日知ったこと
その後、私は先生の言いつけを守りました。土塀には近づかない。四つ辻の石仏には毎朝毎晩手を合わせる。守り袋は肌身離さず持つ。
白丈さまを二度と見ることはありませんでした。からりという音も聞かなかった。けれど、あの土塀のそばを通るたびに、空気が変わるのは分かった。温度が下がるのです。夏の盛りでも、土塀の周囲だけがひんやりとしていて、桑の葉の匂いが妙に濃くなる。
数年してから、村の古い人にぽつぽつと話を聞くことができました。白丈さまのことを。
白丈さまは、この一帯で古くから語られている存在で、桑畑の守り神とも、養蚕の祟り神とも言われていたそうです。白い着物に白い菅笠。異様に背が高く、からりからりと乾いた音を立てて土塀の上を歩く。蚕の出来がいい年には姿を見せないが、不作の年や、村に何か変事がある前触れに現れる。
そして、白丈さまに「魅入られた」者は連れていかれる。どこへ連れていかれるのかは、誰も知らない。ただ、過去にこの村で行方不明になった若い女が何人かいて、いずれも「白丈さまを見た」後だったと。
四つ辻の石仏は、白丈さまが村の中へ入ってこないための結界のようなものだと聞きました。村の四方の辻にそれぞれ石仏が置かれていて、毎朝毎晩、村の者が手を合わせることで「封じ」を維持している。だから義母たちは欠かさず拝んでいたのです。
あの石仏、一度だけ近くでよく見たことがあります。風化して顔の造作はほとんど消えていたけれど、台座に文字が刻まれていた。読めたのは「安政」と「奉」の二文字だけ。安政年間ということは、幕末の頃に据えられたものでしょうか。白丈さまの話がいつ頃から語られているのか、正確なところは私には分かりません。
Tにこの一連のことを話したのは、隣村の先生のところから戻った翌日でした。Tは黙って聞いていて、最後にこう言った。
T「じいちゃんが生きてた頃、一回だけ似たような話を聞いたことがある。じいちゃんの姉さんが、嫁入り前に同じものを見たって」
その「姉さん」がどうなったかは、Tも知らないと言った。聞いてはいけない気がして、私もそれ以上は尋ねなかった。
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何が分かっていて、何が分かっていないか
あれから五十年以上が経ちました。Tの祖母も義父も義母も、もう亡くなっています。隣村の先生もとうに亡くなったと聞きました。あの村は今、養蚕をやっている家はほとんどない。桑畑の多くは荒れ地になったか、宅地に変わった。あの土塀がまだ残っているかどうかも、私は知りません。
白丈さまが何だったのか。本当に「いた」のか。私の見間違いだったのか。夕暮れの桑畑で、疲れた目が作り出した幻だったのか。
でも、義母の手の震えは本物だった。深夜に七人八人の親戚が集まったのも本物だった。隣村の先生が「寄られとるね」と言った時の、あの淡々とした口調も。あの人たちにとって白丈さまは「いるもの」だった。疑いようのない前提として、生活の中に組み込まれていた。
養蚕が盛んだった信州の山村には、蚕や桑にまつわる信仰が数多く残っています。蚕の神を「お蚕さま」と呼んで祀る風習は広く知られていますが、白丈さまのような存在はほとんど文献に出てこない。あの村だけの、あの一帯だけの言い伝えだったのかもしれません。もしこれを読んでいる方の中に、似た話を聞いたことがある方がいたら、教えてほしいのです。
守り袋は、義母が亡くなった後も仏壇の引き出しにしまってあります。先生に言われた通り、一度も開けていません。これからも開けるつもりはない。
からり、からり。あの乾いた音を思い出すと、今でも首の後ろがすうっと冷たくなります。
読んでくださってありがとうございました。
もっと深く知りたい人向けの本
養蚕文化や山村の民間信仰に興味を持った方へ、いくつか関連する書籍を挙げておきます。
柳田国男の『遠野物語』(岩波文庫)は、東北の山村に伝わる怪異譚の古典。白丈さまのような「道の怪」「辻の怪」に通じる話が多数収められています。宮田登の『日本の民俗信仰』(講談社学術文庫)は、蚕神信仰や道祖神、辻の石仏といった民間信仰の体系を丁寧に解説した一冊で、この話の背景を理解する助けになるはずです。丸山久子の『信州の伝説』(信濃毎日新聞社)は信州各地の伝承をまとめたもので、養蚕にまつわる不思議な話も含まれています。また、実話怪談の空気感が好きな方には『怪談実話系 書き下ろし怪談文芸競作集』(MF文庫ダ・ヴィンチ)もおすすめです。投稿型怪談の系譜を汲む作品が揃っていて、今回の話と近い温度の体験談が読めます。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
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遠野物語
柳田国男 / 岩波文庫
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日本の民俗信仰
宮田登 / 講談社学術文庫
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信州の伝説
丸山久子 / 信濃毎日新聞社
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怪談実話系 書き下ろし怪談文芸競作集
MF文庫ダ・ヴィンチ
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