昭和の電話局で「誰もいない番号」が毎月七ずつ増えていた話
昭和51年、城下町の電話局に就職した投稿者が、空き番号の度数計だけが毎月七ずつ増える異常に気づく。やがてロッカーの数も、写真の人数も合わなくなっていく。
その数字は、誰が回したのか
昭和五十一年の春だった。
私は高校を出てすぐ、地元の電話局に就職した。城下町と呼ばれてはいるが、城跡はとうに公園になっていて、武家屋敷の面影なんてほとんど残っていない、そういう地方の小さな町だ。
配属されたのは度数計の管理をする部署だった。いまの人にはまったく馴染みがないだろうから少し説明させてほしい。昭和の電話というのは、交換機の中にそれぞれの加入者に対応した「度数計」という小さなカウンターがあって、通話のたびにカチカチと数字が回る。それを毎月、人の手で読み取って台帳に書き写し、料金を計算していた。ダイヤル式の黒電話の時代の話である。
私の仕事は、交換機室にずらりと並んだ度数計を、一つ一つ懐中電灯で照らしながら数字を読んで、台帳に転記すること。それだけだ。単純な作業で、慣れれば半日もかからない。先輩に教わりながら二回ほど一緒にやったら、三回目からはもう一人で任された。
最初のうちは何も気にならなかった。気になりだしたのは、就職して三ヶ月ほど経った梅雨の頃のことだ。
ここから先の話、自分でもまだ整理がついていない部分がある。長くなるかもしれないが、許してほしい。
Photo by Joe Forget on Unsplash
空き番号のカウンターが、回っている
度数計を読み写す作業には、当然ながら「この番号は現在使われていない」という空き番号がいくつかある。加入者が引っ越したり、電話を解約したりすれば番号は空く。空き番号の度数計は前月と同じ数字のまま止まっているのが当たり前だ。動くはずがない。誰も使っていないのだから。
ところが、一つだけおかしな番号があった。
台帳には「空」と赤い判子が押してある。加入者の欄も空欄。なのに度数計の数字が、前月より七だけ増えている。
最初は自分の読み間違いだと思った。懐中電灯の角度が悪くて、数字を見誤ったのだろうと。でも翌月も、その次の月も、きっちり七ずつ増える。五でも八でもない。いつも七。
私は先輩のTさんに聞いてみた。
「あの、空き番号なのに度数計が動いてる番号があるんですけど」
Tさんは台帳をめくって、その番号を確認した。ちょっと間があった。
「ああ、それね」
それだけ言って、Tさんは台帳を閉じた。
「気にしなくていいよ。毎月七だけ増えるだろ。そのまま写しとけばいい」
説明はなかった。私がもう少し食い下がると、Tさんは少しだけ声を落とした。
「俺も最初のころ聞いたんだよ。でも誰も教えてくれなかった。たぶんずっと前からああなんだと思う。回線も繋がってないのに増えるから、故障かもしれないし、そうじゃないかもしれない。とにかく、そのまま写せ」
それきり、Tさんはその話をしなくなった。
Photo by Darren Halstead on Unsplash
数えてはいけなかったもの
度数計のことは、しばらく気味が悪いまま放置していた。毎月、台帳を開くたびにあの番号の欄を見るのが少し嫌だったが、言われた通り数字をそのまま写した。七、七、七。確かに、毎月きっちり七ずつ増える。
その年の秋だったと思う。もう一つ、妙なことに気がついた。
更衣室のロッカーの話だ。
電話局の更衣室には、職員の人数分のスチールロッカーが並んでいた。私が入った時は全部で十二個あった。当時の職員が十二人だったから、一人一個でぴったりだ。
ところがある朝、更衣室に入ったら、ロッカーが十一個になっていた。
壁際にずらっと並んでいたのが、一つ分だけ隙間が空いている。いや、隙間というか、最初から十一個しかなかったような、そういう並び方をしていた。壁のペンキも均一で、ロッカーを動かした跡なんてどこにもない。
「あれ、ロッカー減ってません?」
隣で着替えていた同期のSに聞いた。Sはきょとんとした顔で更衣室を見回した。
「十一個でしょ。前からそうだったじゃん」
職員は十二人いるのに、ロッカーが十一個で足りるのか。そう聞こうとして、私はふと、職員の顔を一人ずつ思い浮かべてみた。局長、Tさん、S、経理のMさん、窓口のHさん。順番に数えていくと、どうしても十一人にしかならない。
十二人目が、思い出せない。
名前も顔も浮かんでこない。けれど、私が入局した時には確かに十二個のロッカーがあった。一人一個でぴったりだと思ったことを覚えている。
ただ、それを証明するものが何もなかった。辞令の写しにも、職員名簿にも、十二人目の痕跡はどこにもなかった。
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写真の裏に書かれた数字
年末になると、電話局では職員の記念写真を撮るのが慣例だった。年賀状に使うとかではなく、ただの集合写真だ。局長室の壁に額に入れて飾ってある。
私が入った年の年末も、玄関前で全員で撮った。写真屋さんが来て、二列に並んで、はいチーズ。
年が明けてから、現像された写真が届いた。局長が額に入れて壁に掛ける。私もちらっと見た。十一人がきちんと二列に並んでいる。
ふと、前年の写真が気になった。額は年度ごとに並んでいて、私が入る前の年の写真もすぐ隣にかかっている。写っている顔ぶれは、私以外の十人と、退職したYさんの合計十一人。ちゃんと十一人で合っている。
ただ、写真の裏に小さな文字が書いてあるのが、額の隙間からわずかに見えた。
写真屋さんが書いたと思われる事務的なメモだ。撮影日と、人数。
「昭和五十年十二月、十二名」
十二名。
写真には十一人しか写っていない。けれど裏書きには十二名と書いてある。
私はそのことを誰にも言わなかった。言えなかった。Tさんに度数計のことを聞いたときの、あの微妙な間を思い出していたからだ。ここでは、数が合わないとき、直されるのは事実のほうではない。数のほうが直されるのだ。
いや、違う。数は正しい。最初から十一人だった。ロッカーは十一個だった。度数計は毎月七ずつ増える。それだけが事実で、それ以上のことは考えなくていい。
皆がそう思っている。あるいは、そう思わされている。
Photo by simpleinsomnia (BY) via Openverse
あの番号に、かけてみようとした夜
冬のある夜、残業で一人になった。
交換機室は地下にある。蛍光灯の光が青白くて、無数の度数計が並ぶ棚は、暗がりの中でまるで墓標のように見えた。空調の音だけが低くうなっている。湿った機械油の匂いが鼻の奥にこびりつく。
あの空き番号の度数計を、じっと見た。
私は、ふと思いついてしまった。この番号に電話をかけたら、どうなるのだろう。
回線は繋がっていないはずだ。かけても「おかけになった番号は現在使われておりません」というアナウンスが流れるだけだろう。でも、度数計が回っているということは、何かが通話しているということではないのか。毎月七回。何かが、どこかに、七回だけ電話をかけている。あるいは、七回だけ電話を受けている。
受話器を持ち上げかけて、やめた。
あの番号の先に繋がっているのが何であれ、知らないほうがいいと思った。Tさんが黙った理由も、前任者が何も引き継がなかった理由も、きっとそこにある。
翌月もまた、度数計は七だけ増えていた。私はそのまま台帳に書き写した。
Photo by Jan Behnisch on Unsplash
数が合わなくなるということ
私はその後、二年ほどで電話局を辞めた。辞めた理由はいくつかあるが、あの度数計のことが無関係だったとは言えない。
辞める前の最後の月も、度数計はきっちり七だけ増えていた。
退職の日、Tさんが駅まで送ってくれた。ホームでビールを一本ずつ飲んだ。電車が来るまでの十分ほどの間に、Tさんがぽつりと言った。
「おまえ、ロッカーのこと気づいてたろ」
私は黙ってうなずいた。
「俺が入ったときは十三個あったんだよ。職員も十三人いた」
Tさんはそれだけ言って、ビールの缶を潰した。
電車が来た。私はTさんと握手して、乗り込んだ。窓の外でTさんが手を振っていた。
その後、Tさんとは年賀状のやりとりが数年続いた。ある年から届かなくなった。電話局自体もNTTに変わり、交換機はデジタルになり、度数計を人の手で読み写す仕事はなくなった。あの度数計がどうなったのかは知らない。
ただ、ときどき考える。
あの空き番号の度数計は、今もどこかで回っているのだろうか。毎月七ずつ。誰にも読まれることなく。そして、ロッカーはまた一つ減っているのだろうか。
数が合わないとき、直されるのは数のほうじゃない。人のほうだ。
あれが何だったのか、今でもわからない。わかる人がいたら、教えてほしい。長文、読んでくれてありがとうございます。
Photo by Tim Foster on Unsplash
もっと深く知りたい人向けの本
この話のように、日常の業務や生活の中にじわじわ染み出してくる怪異に興味がある方には、以下の本をおすすめしたい。
『新耳袋 第一夜』(木原浩勝・中山市朗、角川文庫)。実話怪談の金字塔。淡々とした語り口で積み上がる恐怖は、まさに「数が合わない」系の話が多い。
『怪談実話系 書き下ろし怪談文芸競作集』(幽編集部編、MF文庫ダ・ヴィンチ)。職場や日常に潜む不条理を扱った実話怪談のアンソロジー。読んだ後、自分の職場のロッカーを数えたくなる。
『遠野物語』(柳田國男、岩波文庫)。日本の怪異譚の原点。山間の集落で「人が一人減る」「数が合わない」という話が、百年以上前から語り継がれていたことがわかる。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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