昭和二十八年、四国の砂糖小屋で「火を借りた」種屋が見た柱の刻み
名を告げずに火を借りた夜、甘い匂いだけが残り、柱の傷が一本増えていた。四国の在に伝わる禁忌の話。
釜の底に残った、あの甘い匂いのこと
今から三年ほど前、父方の祖母が亡くなった。享年九十六。
祖母の遺品を整理していたら、古い手帖が出てきた。昭和二十年代から三十年代にかけて、祖母の弟にあたる人物が書いたものらしい。大叔父は種屋をやっていて、四国や九州の在を回っていたそうだ。俺が生まれる前に亡くなっているから、顔も知らない。
手帖には商売の記録に混じって、ところどころ妙な走り書きがあった。読み進めるうちに背筋が冷たくなった。
俺自身は霊感もないし、怖い話を積極的に集めるような人間でもない。ただ、この手帖に書かれていた一件だけは、誰かに聞いてほしくてここに書くことにした。祖母の遺品だし、母にも一応話して了承は取ってある。
長くなるかもしれない。文才もないので読みにくいところがあったら許してほしい。
大叔父の名前は仮にTとする。手帖の記述と、生前の祖母が断片的に語っていた話を繋ぎ合わせて、できるだけ時系列で書いていく。
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Tが四国の在に入った、立冬の前日のこと
昭和二十八年の秋のことだ。
Tは種屋だった。種屋というのは、農家を一軒一軒回って種苗や肥料を売る行商のことで、当時はまだ珍しくない商売だったらしい。四国のある在、つまり集落に入ったのが立冬の前日だったと手帖にある。具体的な地名は伏せる。祖母も「あの在の名前は関わらん方がいい」と言っていたから、そのまま従う。
Tがその在に着いたのは夕方近くだった。秋も深まって日が短い。宿を探したが、小さな集落で旅籠のようなものはない。困っていたところ、在の年寄りが「砂糖しめ小屋を使え」と言ってくれたそうだ。
砂糖しめ小屋というのは、サトウキビから黒砂糖を搾り出すための作業小屋のことだ。四国の南部や九州では、秋から冬にかけてサトウキビを刈り、搾って煮詰める作業をやる。立冬を過ぎると本格的にしめの作業が始まるので、前日の晩はまだ小屋が空いていたのだろう。
小屋には大きな釜と、サトウキビを挟んで搾るための石臼のような装置があった。Tは「一晩寝るだけだから」と思って荷物を下ろした。
ここで年寄りがひとつ、念を押したらしい。
「火ぃ使うなら、名を言うてからにしんさい」
Tは最初、意味がよくわからなかった。年寄りの説明はこうだ。この在では、よその家やよその場所で火を使うとき、必ず自分の名前を声に出して言う。「どこそこの誰それが、火を借ります」と。理由は聞くなと言われた。ただ「そうせんと、よくないことが起きる」とだけ。
Tは商売柄、各地の風習には慣れていた。土地ごとに色々な決まりごとがある。いちいち驚いていたら種屋は務まらない。「わかりました」と答えて、年寄りを見送った。
問題は、その晩Tが何をしたかだ。
「名を言い忘れた」、たったそれだけのこと
その夜は冷えた。
手帖にはこうある。「風が出て寒い。釜に火を入れた」。立冬の前夜、山に近い在の夜は冷える。Tは砂糖しめ小屋の釜を使って暖を取ろうとした。釜の下に薪をくべて火を点けた。
ここで、あの年寄りの言葉を思い出すべきだった。
名を言わなかった。
Tの手帖には、忘れたとも言い訳がましいことは書いていない。ただ「火を点けた」とだけ記されている。寒さで頭が回らなかったのか、そもそもあの忠告を軽く見ていたのか。
釜に火が入ると、小屋の中はすぐに暖かくなった。と同時に、甘い匂いがした。砂糖しめ小屋だから当然だと思うかもしれない。でも手帖の書きぶりが引っかかる。
「甘い。黒砂糖の匂いではない。もっと生臭い甘さ」
生臭い甘さ。この表現を読んだとき、俺は台所にいたのだが、一瞬だけ鼻の奥に何かがよぎった気がした。気のせいだと思いたい。
Tはその匂いを気にしつつも、疲れていたので荷物を枕にして横になった。火は釜の中で燃えている。小屋の柱に背を預けて、うとうとした。
夜中に目が覚めた。理由は手帖に書いていない。ただ「目が覚めた。釜の火は消えていた。匂いだけが残っている」とある。
そして一行、震えたような字で追記されていた。
「柱の刻みが一本多い」
砂糖しめ小屋の柱には、作業の日数を数えるための刻みが入れてあるのが普通だった。Tが寝る前に何気なく見た刻みの数と、目が覚めたときの刻みの数が違う。一本、増えている。
Tは暗がりの中で柱を触った。新しい刻みの溝には、まだ木の粉が残っていたそうだ。つまり、Tが寝ている間に、誰かが柱に刃物を当てて一本の線を刻んだということになる。
小屋にはT以外、誰もいなかった。
📺 関連映像: 四国 砂糖しめ小屋 民俗 怖い話 — YouTube で検索
翌朝、年寄りが見せた顔
翌朝、Tは早々に荷物をまとめて小屋を出た。
手帖の記述はここからしばらく簡潔になる。商売の記録が続く。種の値段、どこの農家に何を売ったか。普段通りの記録だ。だが一箇所だけ、日付のない走り書きがある。
「あの年寄りに朝会った。火のことを話した。年寄りの顔が変わった」
年寄りは、Tが名を言わずに火を使ったことを聞いて、しばらく黙ったらしい。それから「あんた、息してみい」と言った。Tが言われるまま息を吐くと、年寄りはその息の匂いを嗅いだ。
「甘いな」
年寄りはそれだけ言って、Tの手を引いて在の奥にある小さな社に連れて行った。社というほど立派なものではなく、石を積んだ上に板を渡しただけの、祠と呼ぶのも憚られるような場所だったと手帖にはある。
年寄りがそこで何をしたのか、手帖には詳しく書かれていない。「拝んでくれた」とだけある。ただ、年寄りが拝み終わった後に言った言葉は残っていた。
「あんたの代わりに、刻みが一本入った。あれはな、数えとるんよ」
何を数えているのか。Tは聞いたが、年寄りは答えなかった。「聞かん方がいい。もうこの在には来んさんな」と言われて、それきりだった。
Tはその後も種屋を続けたが、あの在には二度と足を踏み入れなかったらしい。
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祖母が語った「砂糖小屋の火」の意味
ここからは手帖ではなく、祖母から聞いた断片的な話になる。正確さは保証できない。祖母自身がTから又聞きした話を、さらに俺が聞いているわけだから、伝言ゲームのようなものだ。それでも書いておく。
祖母によると、Tはあの夜以降、しばらくの間、吐く息が甘かったそうだ。本人が言うには「黒砂糖を舐めた後のような甘さ」が口の中に残っていて、何を食べても消えなかった。それが一週間ほど続いて、ある朝突然消えた。
消えた日の朝、Tは妙な夢を見たと祖母に話したらしい。夢の中で、砂糖しめ小屋の釜の前に誰かが立っていた。顔は見えない。ただ、その人物が釜に向かって自分の名前を言った。Tの名前ではなく、聞いたことのない名前だった。名前を言い終わると、その人物は釜の火に手をかざして、それで終わりだった。
祖母は「あれは身代わりよ」と言っていた。
火を借りるときに名を言うのは、「自分がここで火を使っている」ことを、その土地の何かに知らせるためだと。名を言わずに火を使うと、火を使った人間の代わりに、別の何かが「借り」を負うことになる。柱の刻みは、その借りの回数を数えているのだと。
祖母の解釈がどこまで正しいのかはわからない。T本人がそう理解していたのか、祖母が自分なりに意味をつけたのか。いずれにしても、あの在では「火を借りるときに名を言う」という決まりが今も残っているのかどうか、俺には確かめようがない。
四国の山間部には、火にまつわる禁忌が各地に残っている。たとえば「他人の家の竈の火を持ち出してはいけない」「火を借りたら必ずその日のうちに返す」といった習慣は、民俗学の文献にもいくつか記録がある。火は単なる燃焼現象ではなく、その家や土地の「力」のようなものと結びついていると考えられていた時代が確かにあった。柳田國男の『遠野物語』にも火にまつわる怪異は出てくるし、宮本常一が記録した四国の民俗にも、火の貸し借りに関する独特の作法が見られる。
Tが体験したことが、そうした民俗的な禁忌の実体験だったのか、それとも疲労と寒さの中で見た幻だったのか。手帖に残った「柱の刻みが一本多い」という記述だけが、妙に生々しく残っている。
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あれが何だったのか、まだわからない
手帖は祖母の遺品として、今は俺の手元にある。
改めて読み返してみると、Tの筆跡はあの夜の前後で少し変わっている。あの夜より前は几帳面な字で、商品名や金額がきちんと書かれている。あの夜の記述だけ字が乱れていて、その後は元に戻るのだが、ごくたまに、何の脈絡もなく「甘い」とだけ書かれた箇所がある。日付もない。商売の記録の余白に、ぽつんと「甘い」と。
俺は去年の冬、祖母の四十九日の後に、一度だけ母にこの手帖のことを詳しく聞いてみた。母はTに会ったことがあるそうだ。俺が生まれる前、まだ母が若い頃に一度だけ。
母が言うには、Tは穏やかな人だったが、一つだけ変わった癖があった。食事の前に必ず、自分の名前を小声で言ってから箸をつけたそうだ。母が不思議に思って祖母に聞いたら、祖母は「あの子は火で懲りたんよ」とだけ答えたという。
名を言う。火を借りるときに、名を言う。
Tはあの夜の教訓を、食事の火にまで広げていたのかもしれない。煮炊きの火も、誰かの釜で焚かれたものだから。あるいは、もう二度と「借り」を作らないように。
結局、あの柱の刻みが何を数えていたのか、Tは最後まで知らなかったのだろうと思う。俺も知らない。ただ手帖を読み返すたびに、あの走り書きの「甘い」の二文字が、妙に鼻の奥にくる気がする。
気のせいだと思いたい。
長文失礼しました。読んでくれた人、ありがとう。もしこういう「火の貸し借り」にまつわる風習を知っている人がいたら、教えてもらえると助かります。
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もっと深く知りたい人向けの本
火にまつわる禁忌や、日本各地の民俗的な怪異に興味がある人には、以下の本をすすめたい。
『遠野物語』(柳田國男、岩波文庫)。言わずと知れた日本民俗学の古典。火や竈にまつわる怪異も多く、Tの体験を読んだ後だと違った読み方ができるかもしれない。
『日本の民俗 四国』(宮本常一、河出書房新社)。四国の山間部の暮らしや風習を丹念に記録した一冊。砂糖しめの作業についても触れられており、あの在の空気感を想像する手がかりになる。
『忌み地 怪談社奇聞録』(糸柳寿昭、竹書房文庫)。土地に根差した禁忌と怪異を集めた実話怪談集。「入ってはいけない場所」「触れてはいけないもの」の話が多く、今回の話と通じるものがある。
『現代民話考』(松谷みよ子、筑摩書房)。全国から集められた現代の民話や怪談を体系的にまとめた労作。火の貸し借りに関する類話がないか、探してみるのも面白いと思う。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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遠野物語
柳田國男 / 岩波文庫
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日本の民俗 四国
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