三十年使った書斎の机に、毎朝"明日の出来事"が書き足されていた話
誰も書いていないはずの原稿が一枚ずつ増えていく。しかもその筆跡は自分のもので、内容はまだ来ていない翌日の出来事だった。
最初に気づいたのは、原稿用紙の枚数だった
自分は霊感とか、そういう類のものとは無縁で生きてきた人間です。
もう三十年ちかく物を書く仕事をしていて、原稿用紙とかワープロとかに向かう時間が生活の大半を占めている、そういう地味な暮らしをしてきました。怪談なんて読む側専門で、自分が当事者になるとは思ってもみなかった。
でも去年の秋口から今年にかけて起きたことを、どうしても誰かに聞いてほしくて。判断してほしくて、ここに書きます。長くなると思います。文才は本業のくせにないので読みにくかったらすみません。
先に状況を説明させてください。
私の書斎は木造二階建ての二階にあって、六畳の和室を改造したものです。窓は南向きに一つだけ。机はこの家に越してきた時に古道具屋で買った文机で、もう三十年の付き合いになります。天板に墨の染みが何箇所かあって、買った時からあったものだから前の持ち主のものだろうと思っていました。
この文机の上に、毎朝、一枚ずつ原稿用紙が増えるようになったんです。
自分が書いた覚えのない一枚が。
Photo by POOJAN THANEKAR on Unsplash
「これ、俺の字だ」
最初に違和感を覚えたのは去年の十月頃でした。
夜中の二時くらいまで原稿を書いて、その日の分を左端に重ねて寝た。翌朝起きて書斎に入ると、原稿の束がなんとなく厚い。数えたら一枚多い。
まあ、前の晩に数え間違えたんだろうと思いました。誰だってそう思いますよね。それで何気なく一番上の一枚を読んだ。
書いてあったのは、こんな内容でした。
「午後、宅配の男が玄関先で転ぶ。膝を擦りむく。こちらは救急箱を出して手当てをする。男は恐縮して何度も頭を下げる」
なんだこれ、と思った。自分の書いている原稿は時代小説で、宅配便なんか出てこない。しかも文体が妙に日記っぽい。
ところが、です。
その日の午後、本当に宅配のお兄さんが玄関のステップで足を滑らせて転んだ。膝から血が出ていたので、救急箱を持って出た。お兄さんは「すみません、すみません」と何度も頭を下げて帰っていった。
その晩、書斎に戻って例の一枚をもう一度読み返しました。一字一句、午後に起きたことと同じだった。
そしてもうひとつ、背筋が冷えたことがある。
その原稿用紙に書かれた文字は、紛れもなく自分の筆跡だったんです。
万年筆の癖。「る」の丸め方。「を」の最後の跳ね。三十年間毎日文字を書いてきた人間には、自分の字かどうかくらいわかります。俺の字だ。でも俺は書いていない。
Photo by The Cleveland Museum of Art on Unsplash
十一月に入って、頻度が上がった
最初のうちは三日に一回くらいだった。朝起きると一枚増えている。書いてあるのは、その日か翌日に起きる些細な出来事。
「隣家の犬が庭に入ってくる。妻がお菓子をやる」 「夕方、書店から注文していた本が届く。中に栞が挟まっている。桜の柄」 「朝食の味噌汁に豆腐を入れ忘れる」
どれも取るに足らないことばかりだった。恐ろしいというより、気味が悪い。でも的中率は百パーセントで、書かれた通りのことが必ず起きた。
十一月の半ばを過ぎた頃から、ほぼ毎日になった。
妻には最初、黙っていました。言ったところで信じてもらえないだろうし、自分でもまだ何かの思い違いだと片付けたかった。でも枚数が溜まってくると隠しきれなくなって、十一月の終わりに打ち明けた。
妻の反応は意外と冷静で、「あなた、寝ぼけて書いてるんじゃないの」と言いました。
それもあり得ると思って、書斎の入り口にテープを貼って寝てみた。朝、テープは切れていなかった。つまり誰も入っていない。なのに原稿は一枚増えている。
今度はスマホで書斎の中を一晩中撮影してみた。映像を早送りで全部確認した。誰も映っていない。机の上に何も起きていない。なのに朝になって実際に見に行くと、ちゃんと一枚増えている。
映像には映らない。でも紙は確実にそこにある。触れるし、インクの匂いもする。少し湿った、古いインクの匂い。自分が使っている万年筆のインクとは微妙に違う、もっと古い、鉄っぽい匂いがした。
📺 関連映像: 実話怪談 不思議な原稿 体験談 — YouTube で検索
この部屋で、かつて誰かが書いていた
ここからは妻が調べてくれたことです。
うちの家は中古で買ったもので、前の持ち主は不動産屋を通して「高齢の女性が一人で住んでいた」とだけ聞いていました。その女性がどうなったかは聞いていなかったし、聞く必要もないと思っていた。三十年前の話です。
妻が近所の古くからいるおばあさんに聞いてくれた。
この家にはかつて、随筆のようなものを書いていた女性が住んでいたそうです。名前は仮にTさんとします。Tさんは若い頃から文章を書く人で、雑誌に投稿したりしていたらしい。結婚はせず、この家で一人で暮らして、二階の部屋で毎日書き物をしていたという。
そして、Tさんはこの家で亡くなっていた。
亡くなったのは冬だった。発見されたのは数日後で、二階の部屋で机に向かったまま倒れていたらしい。おばあさんは「書きかけの原稿がたくさん散らばっていた」と言っていたそうです。
あの文机は、Tさんのものだったのかもしれない。
古道具屋で買ったと書きましたが、あの店はうちの近所にあった店で、この家の遺品整理から流れてきた可能性は十分にある。天板の墨の染み。あれはTさんの三十年、四十年分の染みだったのかもしれない。
そう考えると、もうひとつ妙なことに気がつきました。増えた原稿の文体です。
自分の筆跡なのに、文体が自分のものではない。時代小説を書いている自分は漢語を多用するんですが、増えた原稿は平仮名が多い。やわらかい。女性的と言っていいかもしれない。「お菓子をやる」ではなく「お菓子をあげる」と書く。「味噌汁」ではなく「おみおつけ」と書く。
俺の字で、俺じゃない誰かが書いている。
あるいは、ずっとこの机で書いていたTさんの何かが、この机に残っていて、新しい「書く人間」が来たことで動き出したのか。わからない。わからないけど、そうとしか思えないんです。
Photo by Alan Jiang on Unsplash
十二月の原稿に書かれていたこと
十二月に入って、内容が変わってきた。
それまでは翌日の些細な出来事だったのが、もう少し先のことが書かれるようになった。三日後、一週間後。そして、その内容がだんだん不穏になっていった。
「庭の柿の木が折れる。根元から」 「妻が階段で足を踏み外す。大事には至らない」 「夜中に二階の廊下を歩く音がする。私ではない」
柿の木は本当に折れた。十二月の強風の日に根元から折れて、庭に倒れた。妻は実際に階段で足を滑らせた。幸い手すりを掴んで転ばなかったけれど。
そして「廊下を歩く音」。これは、聞いた。
深夜の一時過ぎだった。寝室で目が覚めて、廊下をひたひたと歩く足音がした。裸足の、畳を踏む柔らかい音。書斎のほうへ向かって、止まった。
妻は隣で寝ている。二人暮らしだから他に誰もいない。
足音はそれきり聞こえなかった。翌朝、書斎に行くと一枚増えていた。
「昨夜、あなたのところへ行きました。机が懐かしかった」
あなたのところへ行きました。
その一文を読んだ時、恐怖よりも先に、なんとも言えない切なさみたいなものが来た。Tさんなのだとしたら、この人はただ、もう一度この机で何かを書きたかっただけなんじゃないか。
でも、それを受け入れていいのかどうか。わからない。
Photo by tokyoform (BY-NC-ND) via Openverse
年が明けて、原稿は止まった
年末年始、妻の実家に帰省して一週間ほど家を空けた。
戻ってきて書斎を見ると、原稿は一枚も増えていなかった。机の上はそのまま。空気が少し冷えていて、閉め切った部屋の湿気った匂いがした。でもあのインクの鉄っぽい匂いはしなかった。
それ以来、原稿は増えていない。もう半年近くになる。
あの三ヶ月間に溜まった原稿は全部で四十二枚。束にして書斎の引き出しにしまってある。時々取り出して読み返すんですが、読むたびに思うことが変わる。
怖かったのか。気味が悪かったのか。
正直に言うと、今はただ寂しい。三十年同じ机で書いてきて、その机にはもっと長い時間、別の誰かの三十年が染みついていた。その人が少しだけ戻ってきて、また去っていった。そういうことだったんじゃないかと思っている。
妻は「お祓いしたほうがいいんじゃない」と言うけれど、俺はまだ踏み切れていない。あの四十二枚の原稿を処分する気にもなれない。
会話の内容も、覚えてるものを書いてるのでかなり乱文になってしまいました。すみません。
あれが何だったのか、似たような経験をした人がいたら教えてほしい。この文机を使い続けていいのか。それとも手放すべきなのか。
正直なところ、手放したくない。この机で書くのが好きだから。Tさんも、きっとそうだったんだろうと思うから。
Photo by Clemens van Lay on Unsplash
何が分かっていて、何が分かっていないか
分かっていること。原稿用紙は物理的に存在する。今も引き出しにある。筆跡は自分のもの。カメラには何も映らない。前の住人Tさんはこの家の二階で文章を書き、この家で亡くなった。文机はTさんのものだった可能性が高い。
分かっていないこと。誰が書いたのか。なぜ自分の筆跡なのか。なぜ翌日の出来事が書かれていたのか。なぜ十二月に内容が変わったのか。なぜ年明けに止まったのか。
全部、分かっていない。
読んでくれてありがとう。長文失礼しました。
出典: 夜ごと増える原稿の頁
もっと深く知りたい人向け
こういう「場所や物に残る記憶」系の実話怪談が好きな人には、以下の本をおすすめします。
『新耳袋 第一夜』(木原浩勝・中山市朗、角川文庫)。実話怪談の金字塔。短い話が九十九話収録されていて、日常の隙間に入り込んでくる怪異の質感が似ている。
『残穢』(小野不由美、新潮文庫)。家に残る「穢れ」を追うルポルタージュ形式の小説で、この話を読んで思い出した人も多いんじゃないかと思う。フィクションだけど、取材の手触りが生々しい。
『怪談実話系 書き下ろし怪談文芸競作集』(京極夏彦ほか、MF文庫ダ・ヴィンチ)。プロの作家が実話怪談の形式で書き下ろした競作集。文章を書く人間にまつわる怪異の話もある。
『実話怪談 出没地帯』(松村進吉、竹書房文庫)。場所にまつわる実話怪談を集めたもので、古い家具や道具に染みついた何かの話が複数収録されている。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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怪談実話系 書き下ろし怪談文芸競作集
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松村進吉 / 竹書房文庫
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