5,300年前のミイラから「まだ生きている酵母」を取り出してパンを焼いた話
アイスマン・エッツィの体内から生存していた酵母が採取され、実際にパンが焼けた。5,300年の時を超えた発酵の記録。

あの日、Mから変な写真が送られてきた
Mは大学で微生物学をやってる知り合いで、俺はただの歴史好きの社会人。たまに飲みに行っては、Mが研究室であった面白い話を聞く、みたいな関係を何年か続けてた。
先月だったと思う。夜中の1時くらいにMからLINEが来た。パンの写真が1枚。焼き目もまだらで、形もいびつで、なんか素人が初めて焼いたみたいな見た目のパン。
M「これ、5,300年前の酵母で焼いたパンらしい」
は? と思った。何言ってんだこいつ、酔ってんのかと。
でもMは続けてイタリアの研究チームの論文のリンクを送ってきて、「これマジだから。ミイラの体から酵母取り出して、それがまだ生きてて、パン焼けたんだよ」と。
俺は正直、最初は信じなかった。5,300年前って縄文時代の終わりくらいだろ。その頃の人間の体に付いてた微生物が、今も生きてる? しかもそれでパンが焼ける? 意味がわからなかった。
でも調べてみたら、これがマジだった。長くなるかもしれないけど、読んでくれたら嬉しい。会話の内容もかなりうろ覚えで書いてるので、乱文は許してください。
Photo by Harshil Gudka on Unsplash
「アイスマン」と呼ばれた男のこと
話の主役は、エッツィと呼ばれるミイラだ。
1991年、アルプスの山中。オーストリアとイタリアの国境付近、標高3,200メートルを超える氷河の中から、登山者が偶然見つけた。最初は遭難者だと思われたらしい。ところが調べてみると、この人物は紀元前3300年頃に亡くなった男性だった。今から数えて約5,300年前。日本で言えば、縄文時代の後期にあたる。
氷河の中で凍結保存されていたおかげで、肌も、内臓も、胃の中身さえも残っていた。体にはタトゥーが60箇所以上。最後の食事はアイベックス(野生のヤギの一種)の肉と穀物。腰には銅の斧。背中には矢じりが刺さったまま。つまり、何者かに殺されたまま凍りついたのだ。
発見以来、世界中の研究者がこのミイラを調べ続けてきた。DNA、胃の内容物、衣服の繊維、靴の構造。ありとあらゆる角度から分析されてきた、世界で最も有名なミイラのひとりだ。
イタリアのボルツァーノにある南チロル考古学博物館に保管されていて、今も冷凍状態で展示されている。温度はマイナス6度、湿度は99パーセント。発見から30年以上経った今も、新しい発見が続いている。
で、今回の発見が、酵母だった。
Photo by Haorui Zheng on Unsplash
5,300年の眠りから覚めた微生物
イタリアのボルツァーノにあるユーラック・リサーチという研究機関のチームが、エッツィの体から微生物を採取した。皮膚の表面、そして体内の組織から、4種類の酵母が見つかった。
酵母というのは、パンを膨らませたり、ビールやワインを醗酵させたりする微生物のことだ。スーパーで売ってるドライイーストも酵母の一種。人間の生活と何千年も一緒に歩んできた、地味だけど欠かせない存在。
問題は、この酵母が「まだ生きていた」ということだ。
Mに電話で聞いたとき、俺は素朴な疑問をぶつけた。
俺「5,300年も凍ってて生きてるもんなの? 冷凍食品だって1年くらいで駄目になるじゃん」
M「酵母は条件が合えば休眠状態に入れるんだよ。水分がなくなったり、極端に温度が下がると、代謝をほぼゼロにして耐える。胞子を作る種類もある。で、条件が戻ると、また動き出す」
俺「それが5,300年?」
M「いや、正直それは異例だと思う。でもアイスマンの保存状態って、ほぼ完璧な冷凍だから。氷河の中でマイナス何度って環境にずっと置かれてたわけで、劣化が極端に遅い。それでも全部が生きてたわけじゃなくて、4種類のうち実際に培養できたのは限られてるはず」
研究チームはこの酵母を培養し、増殖させることに成功した。そして、その酵母を使って実際にパンの生地を作り、焼いたのだ。
5,300年前の人間の体に付いていた酵母が、2020年代の研究室で目を覚まし、小麦粉と水と混ざり合って、パンになった。
この事実を聞いたとき、俺は怖いとかじゃなくて、なんか背筋がぞわっとした。畏怖、みたいなものに近い感覚だった。
📺 関連映像: アイスマン エッツィ ミイラ 研究 最新 — YouTube で検索
Mが語った「酵母の時間感覚」の話
翌週、実際にMと飲みに行った。居酒屋のカウンターで生ビールを頼みながら、俺はまたこの話を掘り下げた。
俺「でもさ、5,300年前の酵母で焼いたパンって、味はどうなんだろ」
M「論文にはそこまで詳しく書いてなかったけど、古代の酵母は現代のイーストとは発酵の仕方が違うから、たぶん酸味が強くて、膨らみも弱かったんじゃないかな。今のふわふわの食パンみたいにはならないと思う」
俺「サワードウみたいな?」
M「そう、たぶんそっちに近い。てかさ、面白いのは、この研究って単にパン焼きましたってだけの話じゃないんだよ」
Mが言うには、この研究の本質は「古代の人間がどんな微生物と共生していたか」を解き明かすことにあるらしい。現代人の体にも無数の微生物が住んでいて、それを「マイクロバイオーム」と呼ぶ。腸内細菌とか、皮膚の常在菌とか、そういうやつだ。
5,300年前の人間の体に住んでいた微生物を調べれば、当時の食生活や環境、さらには農耕の始まりと人体の微生物叢がどう変化してきたかがわかる。酵母はその中でも特に重要な手がかりで、穀物を食べていた証拠にもなるし、発酵食品を作っていた可能性を示す証拠にもなる。
M「つまりさ、エッツィが生きてた時代の人たちが、すでにパンとか発酵食品を作ってた可能性があるってこと。酵母が体に付いてるってことは、日常的に穀物を扱ってたってことだから」
俺「5,300年前にパンがあったの?」
M「パンの起源ってもっと古いよ。1万年以上前の遺跡からパンの残骸が出てる。エッツィの時代はすでに農耕がヨーロッパに広まってた頃だから、穀物の加工は普通にやってたはず。ただ、その『現物の酵母』が生きた状態で見つかったっていうのが、今回のすごいところ」
ビールのジョッキを持ったまま、Mはちょっと黙った。それから、こう言った。
M「酵母にとっては、5,300年も一瞬かもしれない。休眠状態って、主観的な時間がないから。目を閉じて、次に目を開けたら5,300年経ってた。俺らからしたら想像もつかないけど、酵母からしたら昨日の続きなんだよ」
その言い方が妙に頭に残って、帰りの電車の中でずっと考えてた。
Photo by Yasin Onuş on Unsplash
エッツィが最後に見た景色
ここから先は俺が調べたことと、Mから聞いた話を混ぜて書く。事実と推測が入り混じるかもしれないので、そこは許してほしい。
エッツィが死んだのは、春から初夏にかけてだとされている。胃の中から見つかった花粉の種類から季節が特定された。彼は標高3,200メートルの峠を越えようとしていた。理由はわかっていない。逃げていたのか、旅の途中だったのか。
背中に刺さった矢じりは、左の鎖骨下の動脈を貫いていた。致命傷だ。出血多量で、おそらく数分から数十分で意識を失ったと考えられている。手にも切り傷があり、直前に誰かと格闘した痕跡がある。
その体が氷河に覆われ、5,300年間、凍り続けた。
彼の肌に付いていた酵母も、一緒に凍った。彼が最後に食べたパン。あるいは最後に触れた穀物の粉。そこから移った酵母が、彼の体とともに時を止めた。
そして2020年代、研究者がその酵母を取り出し、温め、栄養を与えた。酵母は目を覚ました。何事もなかったかのように糖を分解し、二酸化炭素を出し、生地を膨らませた。
Mが言った「酵母にとっては昨日の続き」という言葉を、俺はこの事実と重ねて考える。エッツィにとっての最後の日と、酵母にとっての「今日」が、5,300年のギャップを挟んで繋がっている。
これは怪談じゃない。オカルトでもない。科学の話だ。でも、俺はこの話を聞いたとき、下手な心霊話よりよっぽど「畏れ」を感じた。人間が死んで、文明が変わって、言語も消えて、それでもなお生き続けているものがある。それが目に見えない微生物だっていうのが、なんていうか、怖い。
怖いっていうか、人間のスケールでは測れない時間の話をされている感じがして、足元がぐらつくような感覚だった。
Photo by Barnabas Davoti on Unsplash
何が分かっていて、何が分かっていないか
分かっていることを整理する。
エッツィの体から4種類の酵母が見つかった。そのうち少なくとも一部は培養可能な状態、つまり「生きていた」。その酵母を使ってパンを焼くことに成功した。
これはユーラック・リサーチのチームによる研究成果で、査読付き論文として発表されている。
分かっていないことも多い。
まず、この酵母がエッツィの「生前」から体に付いていたものなのか、死後に氷河の環境から付着したものなのか。研究チームは前者の可能性が高いとしているが、完全な証明は難しい。5,300年前の環境を再現することはできないから。
次に、エッツィ自身がパンを焼いていたのかどうか。酵母が体にあったことは穀物を扱っていた証拠にはなるが、「パンを焼いていた」と断言するには材料が足りない。穀物を粥にしていた可能性もある。
それから、4種類の酵母のうちどれが発酵に使えたのか、具体的な種名は論文を直接読まないと確認できない。俺が調べた範囲では、サッカロマイセス・セレビシエ(いわゆるパン酵母)に近い種が含まれていたとされるが、完全に同一かどうかは不明だ。
最後に、焼けたパンの味。これについての詳しい記述は、俺が見た限りでは見当たらなかった。Mの推測では酸味が強く、密度の高いパンだったのではないかということだが、あくまで推測だ。
ひとつだけ確かなのは、5,300年前の微生物が今も生きていて、人間の食べ物を作る力を保っていたということ。この事実そのものが、俺にはじゅうぶん衝撃的だった。
長文になってしまった。読んでくれた人、ありがとう。
もしこの手の「時間を超えた微生物」の話で他にも面白い事例を知ってる人がいたら、教えてほしい。マジで気になってる。
出典: カラパイア
もっと深く知りたい人向け
この話が気になった人は、以下の本が参考になると思う。
『アイスマン 5000年前からきた男』(コンラート・シュピンドラー / 文春文庫)。エッツィの発見から初期の調査までを詳しくまとめた一冊。発見当時の混乱や、オーストリアとイタリアの領有権争いなど、科学以外のドラマも読みごたえがある。
『発酵の技法 世界の発酵食品と発酵文化の奥深い世界』(サンダー・エリックス・キャッツ / オライリー・ジャパン)。酵母や発酵の基礎から、世界各地の発酵文化まで網羅した分厚い本。今回の話の背景にある「人間と微生物の共生」を理解するのに最適。
『ミイラの謎』(ヘザー・プリングル / 文春文庫)。エッツィだけでなく、世界中のミイラ研究を横断的に扱った本。ミイラから何がわかるのか、科学がどこまで死者の声を聞けるのかを考えさせられる。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
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アイスマン 5000年前からきた男
コンラート・シュピンドラー / 文春文庫
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発酵の技法 世界の発酵食品と発酵文化の奥深い世界
サンダー・エリックス・キャッツ / オライリー・ジャパン
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ミイラの謎
ヘザー・プリングル / 文春文庫
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