昭和三十三年、旧庄屋の中二階に毎晩運ばれていた「誰かの膳」の話
配置薬の行商人が泊まった谷あいの旧庄屋。灯のともらない中二階へ夜ごと運ばれる一人分の膳。その先にいた「何か」の記録。
あの晩のことを、祖父は一度だけ話してくれた
祖父が死ぬ三年前の正月だった。炬燵でみかんを剥きながら、祖父がぽつりと言った。
「わしが若い頃な、配置薬の行商をしとった時期がある。あの頃にひとつだけ、どうしても説明のつかんことがあった」
祖父は大正生まれで、戦後しばらくは富山の薬売りの真似事をしていた時期があったらしい。昭和三十年代の話だ。山あいの集落を一軒一軒回り、薬箱の中身を補充して代金をもらう。今ではほとんど見かけなくなった商売だけど、当時はそれで食っていける時代だったという。
祖父はふだん自分の過去をほとんど語らない人だった。戦争の話もしない。孫の俺に対しても、昔話といえば「川で泳いだ」「蛍がおった」くらいの牧歌的なやつしか出てこない。だからその正月、急に声のトーンが変わったのを俺はよく覚えている。
会話の内容はかなり記憶を辿りながら書いてるので、細部が違うかもしれません。でもあの時の祖父の顔だけは、今でもはっきり覚えてる。みかんの皮を剥く手が止まって、少し遠い目をしていた。
以下、祖父から聞いた話をできるだけそのまま書きます。長文です。読みにくかったらすみません。
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谷あいの旧庄屋という場所
昭和三十三年の秋口のことだったという。
祖父はその年、ある県境に近い山間の集落を回っていた。具体的な地名は祖父も最後まで言わなかったし、俺も聞けなかった。ただ「バスを降りてから歩いて二時間」「谷が深くて日が暮れるのが早い」とだけ言っていた。
その集落には得意先が何軒かあって、年に二回ほど泊まりがけで回るのが恒例だった。宿は決まっていて、集落でいちばん大きな旧庄屋の屋敷に世話になっていた。
庄屋というのは、江戸時代に村の行政をまとめていた家のことだ。明治以降はその役目もなくなったけど、屋敷だけは残る。祖父が泊まっていたその家も、間口が広くて部屋数がやたら多い、典型的な旧家だったらしい。
当主はTさんという六十がらみの男で、奥さんと二人暮らし。子供たちはとうに町へ出ていた。Tさんは温厚な人で、祖父が来るたびに酒を出してくれた。奥さんも気のいい人で、山菜の煮物やら川魚やら、やたらと食べさせてくれたという。
ただ、祖父はその屋敷にひとつだけ妙な点があることに気づいていた。
一階と二階の間に、中二階がある。階段の踊り場から横に逸れるように廊下が伸びていて、その先に部屋がひとつあるらしかった。「らしかった」というのは、祖父は一度もその部屋に入ったことがなかったからだ。廊下の入り口に古い衝立が置かれていて、自然と足が向かないようになっていた。
Tさんも奥さんも、その中二階については何も言わない。祖父も商売の客だから、余計なことは聞かなかった。
三度目の夜、膳が運ばれるのを見た
その年の秋、祖父は三泊の予定でTさんの屋敷に泊まっていた。
一日目の夜は何事もなかった。Tさんと酒を飲み、早めに床についた。部屋は一階の奥座敷で、庭に面した八畳間。秋の虫がうるさいくらいに鳴いていたという。
二日目の夜だった。
夜中にふと目が覚めた。時計がないから正確な時間はわからないが、虫の声がやんでいたから、深夜二時か三時頃だったと思う、と祖父は言った。
廊下を歩く足音がした。
旧家の廊下は板張りで、どうしても軋む。誰かがゆっくり歩いている。祖父は最初、Tさんか奥さんが手洗いにでも行くのだろうと思った。
ところが足音は、階段を上がっていった。一段、一段。踊り場まで上がったところで、足音の方向が変わった。二階ではない。横に逸れた。
中二階だ。
しばらくして、足音が戻ってきた。同じ経路を逆にたどって、一階に降りてくる。そのまま台所の方へ消えていった。
祖父はそのまま眠った。朝になって、Tさんの奥さんが朝飯の支度をしている台所を覗いた時、流し場の隅に膳が一つ置いてあるのが見えた。一人分の膳。お椀と小皿が載っていて、中身は空だった。きれいに食べ終わった後の膳だ。
不思議に思ったが、祖父は何も聞かなかった。
三日目の夜。祖父は目を覚ましたまま待っていた。
やはり来た。足音。廊下。階段。踊り場を横に曲がる。今度は、足音に加えて微かな音が聞こえた。膳を運んでいる音だ。器がかすかに触れ合う、かちゃ、という音。
そして帰ってくる。同じ道を。今度は膳の音がしない。空になった膳は向こうに置いてきたのか、あるいは帰りは片手で済む程度に軽いのか。
祖父は布団の中で天井を見つめながら考えた。あの中二階に、誰かいるのか。
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四日目の朝、祖父は聞いた
予定では三泊だったが、集落の別の得意先の都合でもう一泊することになった。四日目の朝、祖父はとうとうTさんに聞いた。
「Tさん、夜中に誰か中二階に膳を持って上がっとりませんか」
Tさんの箸が止まった。奥さんが台所からこちらを見た。
しばらくの沈黙があって、Tさんが言った。
「聞こえとったか」
祖父は頷いた。
Tさんは味噌汁を一口啜ってから、ぽつぽつと話し始めた。
中二階の部屋には、人がいる。Tさんの兄だという。
兄は戦前から様子がおかしくなり、ある時期から完全に外に出られなくなった。暴れるとかそういうことではない。ただ、人前に出られない。光を嫌がる。昼間は眠り、夜だけ起きている。食事は夜中に膳を運び、朝には空になっている。もう二十年以上、そうやって暮らしているのだという。
「医者には見せたんですか」と祖父が聞くと、Tさんは首を横に振った。
「戦前に一度、町の医者に来てもらったことがある。だが兄は会おうとせなんだ。戸を開けようとすると、中から引っ掻くような音がして、医者が怖がってしまった」
引っ掻く音。
祖父はその言葉が妙に引っかかったという。人が戸を押さえるなら、体重をかけるとか、手で押し返すとかするだろう。「引っ掻く」というのは、どういう状態なのか。
Tさんはそれ以上は話さなかった。奥さんはずっと台所でこちらに背を向けていた。
空気が重くなったので、祖父も話題を変えた。
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最後の夜、祖父は階段を上がった
四日目の夜。
これが最後の夜だった。翌朝には発つ。祖父はなぜか、どうしても確かめたくなったと言った。
合理的な理由はない。ただ、「引っ掻く音」という言葉がずっと頭にあった。二十年以上、光を嫌い、夜だけ起き、膳を空にする。それが人間の所業なのか、確かめたかった。怖いというより、薬を届ける人間として「病人がいるなら何かできることがあるのではないか」と思った。そう祖父は言った。
深夜。
奥さんの足音が階段を上がり、中二階へ膳を運んでいくのを布団の中で聞いた。足音が一階に戻り、寝室の戸が閉まる音がした。
祖父は布団から出た。
廊下は真っ暗だった。手探りで壁を伝い、階段に足をかけた。板が軋む音が、昼間よりずっと大きく感じた。踊り場まで上がる。左に曲がれば二階。右に逸れれば中二階への廊下。
衝立は、どけてあった。奥さんが膳を運ぶために。
廊下は三間ほどだった。突き当たりに引き戸がひとつ。
灯はない。月明かりが廊下の窓からわずかに入っていた。
戸の前に立った。膳はない。中に入れたのだろう。
祖父は戸に手をかけた。
その瞬間、中から音がした。
かりかりかりかり。
爪で木を引っ掻く音。戸の裏側、ちょうど祖父の手がある高さから聞こえた。
祖父は手を離した。
かりかりかりかりかり。
音は止まらなかった。祖父が手を離しても、引っ掻き続けている。規則的でもなく、不規則でもない。何かの意思があるのかないのか、わからない音だった。
匂いがした。
祖父はそれを「土の匂い」と言った。湿った土。長い間日の当たらない場所に溜まる、あの匂い。線香でもなく、人の体臭でもない。ただ、土。
祖父は廊下を戻った。階段を降りた。布団に潜り込んで、朝まで一睡もできなかった。
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翌朝、祖父は何も言わずに発った
朝になって、祖父は荷物をまとめた。Tさんと奥さんに礼を言い、いつも通りに玄関を出た。
振り返ると、屋敷の二階部分の下。中二階にあたる場所に小さな窓があった。雨戸が閉まっている。何年も開けていないのだろう、木が黒ずんで、蔦が絡んでいた。
祖父はその窓を見上げたまま、しばらく動けなかったという。
「何が怖かったんですか」と俺は聞いた。
祖父は少し考えてから、こう言った。
「膳が空になっとったことや」
中の人間が食べた。それは当たり前のことだ。Tさんの兄が生きていて、食事をしている。それだけのこと。
でも祖父はこう続けた。
「あの引っ掻く音はな、戸の向こうから聞こえたんやない。戸そのものから聞こえたんや。木の中から鳴っとるような音やった。人間の爪で出る音とは違う」
そして。
「翌年も、その翌年も、わしはあの集落に行った。Tさんの家にも泊まった。中二階の話は二度としなかった。Tさんも何も言わなかった。でもな」
祖父はみかんの皮を炬燵の上に置いた。
「膳だけは、毎年運ばれとった。奥さんが死んだ後は、Tさんが自分で運んどった。Tさんが亡くなったのは昭和五十年頃やったと思う。あの後、あの屋敷がどうなったかは知らん」
そこで祖父は話を終えた。
俺は聞きたいことが山ほどあった。中二階の兄は結局どうなったのか。本当に人間だったのか。引っ掻く音の正体は。でも祖父の表情が「もう終わりだ」と言っていたので、俺はそれ以上聞けなかった。
祖父は三年後に亡くなった。あの話を、祖父が他の誰かにもしたのかどうかはわからない。
何が分かっていて、何が分かっていないか
祖父の話を聞いてからずっと考えている。
座敷牢という言葉がある。精神を病んだ家族を、家の中の一室に閉じ込めて暮らす。明治から昭和にかけて、地方の旧家ではそう珍しいことではなかったらしい。呉秀三という精神科医が明治時代に全国を調査して、その実態を報告している。だから「中二階に人がいた」という話自体は、時代的にありえないことではない。
でも、それだけでは説明がつかないことがいくつかある。
二十年以上、光を嫌い、夜しか起きない人間。医者が来ても会わない。戸を開けようとすると引っ掻く音がする。その音は木の中から鳴っているように聞こえた。土の匂い。
Tさんが「兄」と言ったのは事実だったのか。本当にTさんの兄がそこにいたのか。あるいはTさん自身も、何がいるのかわかっていなかったのではないか。
ただ膳を運び、空になった膳を下げる。それを何十年も続ける。
結局あれが何だったのか、祖父は最後まで答えを持っていなかったと思う。俺も持っていない。
ただひとつ、妙なことがある。祖父があの話をした正月の翌日、俺は夢を見た。暗い廊下を歩いている夢だ。板が軋む。突き当たりに戸がある。手を伸ばす。
かりかりかりかり。
その音で目が覚めた。
あれ以来、その夢は見ていない。でも時々、古い木造の建物に入ると、あの音が聞こえるような気がする。気のせいだと思っている。たぶん。
ここまで読んでくれた人、ありがとう。アレが何だったのか、似たような話を知ってる人がいたら教えてほしい。田舎の旧家に泊まったことがある人なら、何か心当たりがあるかもしれない。
出典: 夜ごと中二階へ運ばれる膳
もっと深く知りたい人向けの本
この手の話が気になった人に、いくつか本を挙げておきます。
『遠野物語』(柳田国男、岩波文庫)。明治の東北の山間で語り継がれた怪異譚の集成。旧家にまつわる話、座敷に出るもの、山の中で聞こえる音。祖父の話と重なる空気がある。
『日本の民家』(今和次郎、岩波文庫)。民俗学者が全国の民家を歩いて記録した本。中二階や隠し部屋の構造がどういうものだったか、図面付きで書かれている。旧庄屋の間取りを想像する手がかりになる。
『新耳袋 第一夜』(木原浩勝・中山市朗、角川文庫)。現代の実話怪談集。短い話がたくさん入っていて、読みやすい。「家の中の異変」系の話がいくつかあって、祖父の体験と近い温度のものもある。
『忌み地 怪談社奇聞録』(糸柳寿昭、竹書房文庫)。土地や建物にまつわる怪談を集めた本。「その場所にずっといる何か」というテーマで読むと、中二階の話との共通点が見えてくる。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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柳田国男 / 岩波文庫
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糸柳寿昭 / 竹書房文庫
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