最終新幹線を逃した夜、行き先に『終点』とだけ書かれたバスに乗った話
群馬の無人駅で始発を待っていた深夜、行き先表示に『終点』とだけ光るバスが現れた。乗り込んだ先で待っていたのは、とうに取り壊されたはずの祖母の家だった。
12月の無人駅で、始発を待つつもりだった
数年前の冬のことだ。時期は少しぼかして書く。
俺は当時、都内の会社に勤めていて、その日は群馬方面への出張だった。仕事の内容は関係ないので省くけど、想定以上に長引いて、東京に帰る最終の新幹線に乗り遅れた。高崎まで出れば何とかなるかと思ったが、在来線もすでに終わっていた。マジかよ、と。
仕方なくタクシーでビジネスホテルを探した。ところが近隣のホテルがどこも満室だという。今思えばその時点でおかしかったのかもしれない。あの辺り、そんなに宿が埋まるような土地じゃないから。
タクシーの運転手さんに「この辺でどこか休めるところないですか」と聞いたら、「駅の待合室なら始発まで座れますよ」と言われて、ある無人駅まで送ってもらった。駅名は伏せる。群馬のかなり山寄りのローカル線の駅、とだけ。
運転手さんのテールランプが遠ざかって、あたりは本当に何もなくなった。待合室にはかろうじて屋根があるだけで壁は半分吹きさらし。ベンチに座ってスマホをいじっていたけど、息が白い。コートの襟を立てても寒くて、指先の感覚がどんどん消えていく。山の方から吹いてくる風が、湿った土と枯れ葉の匂いを運んできて、それがやけに鼻についた。
遠くの踏切の赤いランプだけが点滅している。それ以外の光は何もない。自分がこの世のどこにもいないような、そういう心細さだった。
長文になると思います。文才もないので読みにくいかもしれません、許してください。友人に話したら「それネットに書けよ」と言われて、ずっと放置していたんだけど、今年の盆に墓参りに行った帰りの車の中でまたあの夜のことを思い出して、どうしても誰かに聞いてほしくなった。同じようなバスに乗った人がいるんじゃないかって、ずっと探してる。
深夜1時過ぎ、ロータリーにヘッドライトが差し込んだ
何時だったか正確には覚えてない。深夜1時か、2時か。スマホの充電が心許なくて、途中から電源を切っていたから時間の感覚が曖昧になっていた。
駅前のロータリーに、ヘッドライトの光が差し込んできた。
最初はタクシーかと思った。こんな時間にこんな場所で、と思いながら目を凝らしたら、それはバスだった。路線バスのあの四角い車体。白っぽいボディに緑のラインが入っていて、いかにも地方のコミュニティバスという見た目。ただ、行き先表示の電光掲示板に表示されていたのは路線名でも地名でもなく、ただ二文字。
『終点』
それだけだった。
こんな時間にバスが走るわけないだろ、というのが最初の感想。でも俺はその時とにかく寒くて、判断力がかなり鈍っていたんだと思う。バスのドアがプシュッと開いて、中から暖房の温かい空気がふわっと漏れてきた瞬間、体が勝手に動いていた。
乗り込んだ。
運転席には人がいた。年配の男性で、紺色の制服を着ていた。バスの運転手そのものの格好。ただ、顔をちゃんと見たかと言われると、見ていない。というか、見えなかった気がする。帽子を深く被っていて、目元から上が影になっていた。車内灯はついていたのに、その人の顔だけ暗いままだった。
「乗りますか」とも「いらっしゃい」とも言われなかった。ドアが開いて、俺が乗って、ドアが閉まった。それだけ。整理券の機械も動いていなかったし、ICカードのリーダーも光っていなかった。
車内は空だった。乗客は俺一人。座席のモケットは臙脂色で、少し古びてはいるけど清潔だった。暖房が効いていて、乗った瞬間に体の芯から力が抜けるような安堵感があった。窓の外は真っ暗で、街灯もない道をバスは走り始めた。
エンジンの低い振動と、タイヤが路面を踏む音だけが聞こえていた。不思議と怖いという感覚がなかった。ただ、ものすごく眠かった。
運転手とは一言も会話していない。路線バスに深夜一人で乗って、運転手が何も言わない。俺も何も聞かない。なのに怖くなかった。あの沈黙が、今思い返すと一番おかしい。
Photo by Yassine Khalfalli on Unsplash
線香じゃない、もっと古くて甘い匂い
うとうとしていたんだと思う。
どのくらい乗っていたかわからない。10分かもしれないし、1時間かもしれない。ふっと意識が戻ったとき、車内に匂いがした。線香の匂い。いや、線香とはちょっと違う。もっと甘くて、古い。仏壇の引き出しを開けたときに漂ってくる、あの匂い。樟脳と白檀が混ざったような。
その匂いを嗅いだ瞬間、俺の頭の中に一つの映像が浮かんだ。
祖母の家。
俺のばあちゃんは群馬の山間部に住んでいた。俺が小学校に上がる前に亡くなっているので、記憶はほとんどない。写真で見た顔と、母親から聞いた断片的な話。あとはたった一つだけ残っている記憶。ばあちゃんの家の仏間で、座布団に座って、何か甘いものを食べさせてもらったこと。あの部屋の匂いと、バスの中に漂うこの匂いは同じだった。
バスが止まった。
「終点です」
運転手の声が聞こえた。低くて、穏やかで、どこか聞き覚えがあるようなないような声。ドアが開いた。外はさっきまでの真っ暗闇じゃなくて、薄明るかった。夜明け前の、空が紺色から藍色に変わりかけるあの時間帯の光。
俺はバスを降りた。足元は砂利道だった。冷たい空気が頬に当たったけど、さっきまでの刺すような寒さじゃなかった。むしろ秋の終わりくらいの、澄んだ冷たさ。振り返ったら、もうバスはいなかった。エンジンの音も、排気ガスの匂いも、タイヤの跡すら残っていなかった。ただ砂利道が薄闇の中に伸びているだけ。
目の前に、家があった。
木造の平屋。引き戸の玄関。庭に柿の木が一本。
俺は知っている。この家を知っている。来たことがある。
ばあちゃんの家だった。
📺 関連映像: 異界 バス 体験談 怪談 — YouTube で検索
あの家にいた時間のこと
ここからの記憶は、正直かなり曖昧です。夢だと言われたらそうかもしれない。でも夢にしては五感がはっきりしすぎていた。会話の内容も、覚えてるものを書いてるのでかなり乱文かもしれません。
玄関の引き戸を開けた。鍵はかかっていなかった。土間があって、靴を脱いで上がると、廊下の板がきしんだ。あの音。古い木の床を裸足で踏んだときの、きゅっという音と冷たさ。足の裏から伝わってくる木目の感触まで覚えている。
仏間に明かりが灯っていた。
襖を開けると、仏壇の前に座布団が敷いてあって、その上に小さな盆。盆の上には湯呑みと、たくあんが二切れ。湯呑みからは湯気が立っていた。
誰かが、つい今しがたまでここにいた。
俺はそこに座った。なんでそうしたのか自分でもわからない。ただ座らなきゃいけない気がした。湯呑みに口をつけた。ほうじ茶だった。温かくて、少し焦げたような香ばしさがあって、舌の上でじんわり広がった。たくあんを齧った。しょっぱくて、ぱりぱりしてて。ばあちゃんの味だった。
ばあちゃんの味、なんて言うのは変かもしれない。だって俺はばあちゃんの漬物の味なんて覚えていないはずなんだから。でもあの瞬間、確信があった。これはばあちゃんが漬けたたくあんだ、と。
仏壇の遺影を見た。写真立ての中で微笑んでいたのは、白髪を後ろで束ねた小柄な女性。母親の実家に飾ってあるのと同じ写真。ただ、写真の中のばあちゃんは、実家で見るときよりほんの少しだけ若く見えた。目尻の皺が浅い気がした。気のせいかもしれないけど。
その時、背後から声がした気がした。
「よう来たね」
振り返った。誰もいなかった。でも仏間の空気が、ほんの少しだけ動いた。誰かがそこにいて、今、出ていった。そういう気配だった。畳の上に残るかすかな温もりみたいなもの。線香の匂いがまた強くなって、それからすうっと薄れていった。
涙が出た。声を出さずに泣いた。なんで泣いてるのか自分でもわからなかったけど、止まらなかった。温かかった。怖くなかった。ただ懐かしくて、会いたくて、でもどこにも姿がなくて。そういう涙だった。
Photo by Beth Macdonald on Unsplash
気がついたとき、俺は駅のベンチにいた
次に意識がはっきりしたとき、俺は元の無人駅のベンチに座っていた。
空が白んでいて、始発の時間が近い頃合い。コートのポケットに手を突っ込んだまま、体はがちがちに冷えていた。ただ、目元が濡れていた。泣いた跡があった。
バスに乗った記憶は鮮明に残っていた。ばあちゃんの家も、ほうじ茶の味も、たくあんのしょっぱさも。夢にしては感覚が生々しすぎる。でも現実だったという証拠は何もない。
スマホの電源を入れた。時刻は午前5時18分。バッテリーは電源を切る前と同じ残量だった。真冬の屋外で何時間も放置していたら消耗が早くなるはずなんだけど。まあ電源切ってたからかもしれないし、こじつけと言われればそうなんだけど。
始発に乗って高崎まで出て、新幹線で東京に帰った。車窓から見える朝焼けがやけにきれいで、なんだか泣きそうになった。会社には遅刻の連絡を入れて、その日は午後から出社した。
帰宅してから母親に電話した。何気ない感じで「ばあちゃんの家ってさ、庭に柿の木あったっけ」と聞いた。
母親は少し驚いた声で「あったよ。よく覚えてるね。あんた3歳くらいの時に一回行っただけなのに」と言った。
「仏間にいつもほうじ茶置いてあった?」と聞いた。
「お義母さんはね、仏壇にいつもほうじ茶をお供えしてたの。自分で焙じるのが好きだったから、あの家はいつもほうじ茶の匂いがしてたよ」
背筋がぞわっとした。いや、ぞわっとしたというのとも違う。答え合わせが合ってしまった、という感覚。俺が3歳の頃に一度だけ訪れた家の記憶を、30年近く経ったあの夜に、夢なのか現実なのかわからない形で追体験した。
ばあちゃんの家は、ばあちゃんが亡くなった後に取り壊されている。もう建物は残っていない。母親に確認した。間違いなく更地になっている、と。
結局なんだったのか
分かっていることを整理する。
俺はあの夜、群馬の無人駅で夜を明かそうとしていた。極度に寒くて、疲労も溜まっていた。低体温と疲労で意識が朦朧としていた可能性は高い。全部が夢だったという説明は成り立つ。脳が寒さから身を守るために見せた幻覚。それが一番合理的な解釈だとは思う。
ただ、引っかかることがある。
柿の木のこと。俺は3歳の時に一度だけ訪れた家の庭に柿の木があったことを、意識の上では覚えていなかった。母親に聞くまで確信がなかった。それなのに、あの夜のビジョンの中ではっきりと柿の木を見ている。幼児期の記憶が無意識の底に残っていて、極限状態で浮上した。そう考えれば辻褄は合う。合うんだけど、それにしたって鮮明すぎないか。
もう一つ。あの声。「よう来たね」。母親の実家の方言で「よく来たね」はそういう言い方をする。俺自身はその方言を日常で使わない。母親が実家に電話するときにたまに出る程度の言葉。それがあの空間では自然に聞こえた。
あの後、気になって民俗学の本を何冊か読んだ。「異界訪問譚」というジャンルがあることを知った。生者が偶然、死者の世界や異界に迷い込んで、短い時間を過ごして戻ってくる話。日本各地に古くから伝わっている類型で、山中で道に迷った者が見知らぬ集落にたどり着く話、川を渡った先で亡くなった親族に会う話。共通するのは、訪問者が何かを食べたり飲んだりすること。そしてそこが心地よい場所であること。
俺はほうじ茶を飲んで、たくあんを食べた。
あちらの世界のものを口にしたら戻れなくなる、という伝承もある。でも俺は戻ってきた。戻ってこれた。それが何を意味するのかも、わからない。
あのバスが何だったのか。あの家が何だったのか。正直今も答えは出ていない。夢か、幻覚か、それとも本当にどこかへ連れていかれたのか。ただ一つだけ確かなのは、あの体験の後、俺はばあちゃんのことを前よりずっと近くに感じるようになった。3歳の記憶しかなかった人が、急にリアルな存在になった。盆に実家へ帰ったとき、仏壇に手を合わせる時間が少しだけ長くなった。
あのバスに乗ったことを後悔はしていない。怖かったかと聞かれたら、怖くなかった。温かかった。
でも、もう一度乗りたいかと聞かれたら。
それは、わからない。
長文失礼しました。同じようなバスに乗ったことがある人、もしいたら教えてほしい。あの行き先表示の『終点』が何を意味していたのか、ずっと考えてる。皆さんに判別してほしいんです。あれは夢だったのか、そうじゃなかったのか。
Photo by Syadza Salsabyla on Unsplash
もっと深く知りたい人向け
異界訪問や怪異体験に興味を持った方には、以下の本を薦めたい。
『新耳袋 第一夜』(木原浩勝・中山市朗、角川文庫)は実話怪談の金字塔。百物語の形式で集められた短い体験談の中に、今回の話と似た「どこか別の場所に連れていかれた」系のエピソードがいくつか収録されている。一話が短いのでさくさく読めるけど、読み終わった後に暗い部屋で一人になりたくなくなる。そういう本。
『異界と日本人』(小松和彦、角川ソフィア文庫)は、日本人が古来から持っている「この世とあの世の境界」の感覚を民俗学的に読み解いた一冊。山中他界観や、死者の国への道筋としての「乗り物」の象徴について書かれている章が、今回の体験と重なる部分が多い。バスという近代的な乗り物が異界への入口になりうるのか。この本を読むとなんとなく腑に落ちるところがある。
『遠野物語』(柳田國男、岩波文庫)は言わずと知れた古典だけど、異界訪問譚の原型がいくつも詰まっている。マヨヒガの話なんかは、まさに「迷い込んだ先で食べ物を供される」という構造そのもので、読むとぞわっとくる。百年以上前に採集された話が、令和の群馬で形を変えて繰り返されているのだとしたら、それはそれで怖い。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
PR / アフィリエイトリンク- 📖
新耳袋 第一夜
木原浩勝・中山市朗 / 角川文庫
- 📖
異界と日本人
小松和彦 / 角川ソフィア文庫
- 📖
遠野物語
柳田國男 / 岩波文庫
※ 当サイトは楽天アフィリエイトおよび Amazon アソシエイト・プログラムの参加者であり、適格な購入を通じて報酬を得ています。価格・在庫はリンク先で最新の情報をご確認ください。
関連記事
- その他
北海道の山で遭難した夜、意識が消える直前に「誰かの手」が俺の体をさすっていた話
吹雪の中で意識を失いかけた登山者の体を、誰もいないはずの雪山でさすり続けた「手」。救助隊が語った事実が、恐怖を塗り替えた。
2026-05-13
- その他
祖父の一周忌で帰った岡山の集落で「三日間、火を絶やすな」と言われた話
岡山の山間集落で囲炉裏の火番を任された投稿者が三晩で体験した、説明のつかない出来事の記録。
2026-05-13
- その他
ダイビング中にウミガメから平手打ちを食らった男の話──海の底で「何か」が怒っていた
ダイビング中に突然ウミガメからビンタされた男性の映像が世界中で話題に。なぜ彼は殴られたのか、誰にもわからない。
2026-05-13
- その他
毎月の夜間点検で川向こうに立っていた「誰か」の話──祠と遺影が重なった夜
夜間の設備点検で毎回同じ場所に立つ人影。祠の写真と葬儀の遺影が結びついた時、背筋が凍った実話体験談。
2026-05-12