卒業アルバムに写る「知らない自分」──神保町の古書店主が見つけた36年前の裂け目
亡き旧友の遺品アルバムに写っていたのは、自分のはずの場所に立つ見知らぬ少女だった。古書店主が辿り着いた日記の告白。
革表紙のアルバムが届いた日のこと
去年の晩秋、ある知り合いの古書店主から聞いた話を書きます。
その人は七十代の女性で、神保町の裏通りにひっそりと店を構えている方。ここでは仮にTさんとします。俺は月に一度くらいTさんの店に顔を出しては安い文庫本を漁る、それだけの関係だったんですが、去年の秋、いつものように店に行ったらTさんの様子が明らかにおかしかった。
カウンターの奥でぼんやり座っていて、こっちが声をかけても反応が遅い。目の焦点が合っていないというか、ここにいるのに別のどこかを見ているような顔をしていた。
「ちょっと聞いてくれる?」
Tさんがそう言ったのは、俺が会計を済ませて帰ろうとした時だった。こういう時に限って店に他の客はいなくて、外は曇天で、妙に静かだった。暖房の温風が天井近くでかすかにゴウゴウ鳴っている音だけが聞こえていた。
「変な話なんだけどね。先週、学生時代の友達の遺品が届いたの」
友達というのはNさんという女性で、Tさんとは高校の同級生だったそうだ。卒業後も年賀状のやり取りは続いていたけれど、ここ数年は音信が途絶えていた。それが先月、Nさんのご家族から連絡があり、Nさんが亡くなったこと、遺品の中にTさん宛のものがあったことを知らされた。
届いたのは段ボール一箱分。中には数冊の本と、一冊の革表紙のアルバム、それから封筒に入った手紙が入っていたという。
Photo by Peter Herrmann on Unsplash
Nさんのアルバムに写っていたもの
Tさんは最初に手紙を読んだ。Nさんの筆跡で、こう書かれていたそうだ。
「Tちゃんへ。これを読んでいるということは、私はもうそちらにいないのだと思います。このアルバムを見てほしい。三十六年間、誰にも言えなかったことがあります」
三十六年。Tさんが卒業してからの年数にほぼ一致する。
手紙の指示に従ってアルバムを開くと、それはNさんの高校の卒業アルバムだった。Tさんと同じ学校の、同じ年度の卒業アルバム。当然、Tさんの手元にも同じものがある。何十年も本棚の奥に眠っていたけれど、捨ててはいなかった。
Nさんのアルバムをめくっていくと、クラスの集合写真のページに付箋が貼ってあった。
Tさんはそのページを開いて、しばらく意味が分からなかったという。
集合写真には見慣れた顔が並んでいる。制服姿の同級生たち、背景の校舎、桜。でも、本来Tさん自身が立っているはずの位置に、まったく見覚えのない少女が写っていた。
「最初はね、ああ私の記憶違いで、自分はもう一列後ろにいたのかなって思ったの」
でも違った。写真の中をどれだけ探しても、Tさん自身の姿はどこにもない。代わりに、Tさんが立っていたはずの場所に、髪の長い、少しうつむき加減の少女がいる。顔立ちはTさんに似ているような気もするし、まったくの別人のような気もする。微妙にぶれた表情で、周囲の同級生たちとは少しだけ空気が違って見えたそうだ。
Tさんは自分のアルバムを引っ張り出してきた。同じページを開く。こちらの集合写真には、ちゃんとTさん本人が写っている。同じ構図、同じ背景、同じ桜。立ち位置も、周囲の同級生の並びも、ほぼ同じ。
ほぼ同じ。
「ほぼ」なのだ。完全に同一ではなかった。
Photo by Hunter Scott on Unsplash
二枚の写真の「ずれ」
Tさんは二冊のアルバムを並べて、虫眼鏡で食い入るように見比べたという。
まず、Tさん自身の位置に知らない少女が写っていること。これが最大の違い。だが、それだけじゃなかった。
背景の校舎の窓が、一つだけ開いている位置が違う。Tさんのアルバムでは三階の右から二番目の窓が半開きなのに、Nさんのアルバムでは三階の左端の窓が開いている。
校庭の端に停まっている車。Tさんの方には白い軽自動車が写っているのに、Nさんの方にはそれがない。代わりに、自転車が一台倒れている。
同級生の並び順もよく見ると微妙に違う。前列の右端にいるはずの男子生徒が、Nさんのアルバムでは二列目に移動している。
そして何より気味が悪かったのは、Nさん自身の表情だったそうだ。Tさんのアルバムに写るNさんは笑っている。普通の、卒業式の日の笑顔。でもNさんのアルバムに写るNさんは、笑っていない。口元は笑顔の形をしているのに、目がどこか遠くを見ている。カメラを見ていない。
「あの子の目はね、隣を見てたの。私がいるはずの場所を」
Tさんはそう言って、少し黙った。店の奥で古い時計がカチカチ鳴る音が、やけに大きく聞こえた。
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Nさんの日記が語る三十六年前の冬
手紙にはもう一つ、指示があった。アルバムの裏表紙の内側に、薄い封筒が糊で貼り付けてあり、その中にNさんの日記の抜粋が入っていた。便箋四枚分、細かい字でびっしり書かれていたという。
Tさんは俺にその内容を全部は教えてくれなかった。ただ、要点だけを話してくれた。
日記によると、卒業式の前年の冬、Nさんは奇妙な体験をしている。
その日、Nさんは放課後に一人で教室に残っていた。窓の外は雪が降り始めていて、廊下はしんと静まり返っていた。ふと気配を感じて顔を上げると、教室の入口に誰かが立っていた。
Tさんだった。いや、Tさんに見えた。
でもNさんはすぐに違和感を覚えた。Tさんはその日、風邪で学校を休んでいたはずだから。
「Tちゃん? 今日休みじゃなかったっけ」
声をかけたが、その人物は答えなかった。ただ、すこし首を傾げて、Nさんのことをじっと見ていたという。教室の中は暖房が切れた後の冷たい空気で満たされていて、吐く息が白かった。窓の外から入る光が弱くて、相手の顔がはっきりとは見えなかった。
数秒間、そのまま見つめ合った。
そしてその人物は、何も言わずに廊下の奥へ歩いていった。足音がしなかったと、Nさんは日記に書いている。上履きの音がまったくしなかった。
翌日、Tさんは普通に登校してきた。Nさんは昨日のことを聞こうとしたけれど、聞けなかったそうだ。聞いたところでどう説明すればいいか分からなかったし、何よりあの時見た人物が「Tちゃんではない」という確信に近い感覚があったから。
日記にはこう記されていた。
「あれはTちゃんだった。でもTちゃんじゃなかった。同じ顔なのに、目の奥にあるものが違った。私のTちゃんはあんな目をしない」
Nさんはその後、卒業アルバムが届いた時に集合写真を見て愕然としたのだという。自分の隣に立っているのが、あの冬の日に廊下に立っていた「Tちゃんではないもの」と同じ顔をしていたから。
Photo by Lutz Stallknecht on Unsplash
Tさんが確かめたこと、確かめられなかったこと
Tさんはこの話を聞いた後、いくつか自分で調べたという。
まず、卒業アルバムの印刷会社。当時の学校に問い合わせたが、三十六年も前のことで記録は残っていなかった。同窓会の幹事をしている元同級生にも連絡を取ったが、手元にあるアルバムはTさんの持っているものと同じで、ちゃんとTさんが写っていた。
つまり「おかしい」のはNさんのアルバムだけ。
次に、写真の加工や差し替えの可能性。Tさんは知り合いの写真修復をやっている人に見てもらったそうだ。その人の見立てでは、Nさんのアルバムの写真には切り貼りや修正の痕跡は見当たらない。印刷のドット、紙の質感、経年劣化の具合、すべてが当時のオリジナルの印刷物と矛盾しないという。
「だとすると、あの写真はどこから来たの」
Tさんはそう言って、自分でも笑った。笑ったけれど、目は笑っていなかった。
もう一つ気になったのは、Nさんがこのことを三十六年間誰にも言わなかったということだ。日記に書いてはいた。でも人には話さなかった。Tさんにすら。
「あの子、ずっと一人で抱えてたんだね」
Tさんの声が少しかすれた。
俺はその時、ふと思った。Nさんは遺品としてこのアルバムをTさんに託した。死んでから届くように手配した。なぜ生きている間に見せなかったのか。見せたくなかったのか。それとも、見せてはいけなかったのか。
Nさんの手紙の最後には、こう書かれていたそうだ。
「Tちゃん。あなたが今、ちゃんとあなたでいるなら、それでいいの。このアルバムは処分してください」
Tさんはまだ処分していない。店のカウンターの下の引き出しに、今も入っている。
Photo by Peter Herrmann on Unsplash
何が分かっていて、何が分かっていないか
Tさんから聞いた話は以上です。
正直、俺には何がどうなっているのか分からない。卒業アルバムが一冊だけ違う内容で印刷されるなんてことがありえるのか。Nさんが何十年もかけて精巧な偽物を作ったのか。でもそれなら動機が分からない。死後にわざわざ届ける意味も分からない。
並行世界とか、パラレルワールドとか、そういう言葉を使えば説明がつくような気もするし、つかないような気もする。Nさんがあの冬の日に廊下で見た「Tちゃんではないもの」が、別の世界のTさんだったとして、なぜそれがアルバムの写真にまで影響するのか。
Tさんは「処分してください」というNさんの言葉に従うべきかどうか、まだ迷っている。
「捨てたら、あの子が見たものがなかったことになる気がして」
そうTさんは言っていた。
あの革表紙のアルバムは今も神保町の裏通りの古書店に眠っている。たぶん。俺はあれ以来、あの引き出しを開けてくれとは言えずにいる。
長くなってすみません。文才ない人間が書いてるので読みにくかったと思います。もしこういう「アルバムの写真が一冊だけ違う」みたいな体験をした人がいたら、教えてほしい。TさんにもNさんにも、何かしらの答えがあるべきだと思うから。
出典: the-mystery.org
もっと深く知りたい人向け
この話を聞いてから、俺なりに色々読み漁った。並行世界や「ずれた記憶」に興味がある人は、以下の本が参考になるかもしれない。
『並行世界の存在について』(村松大輔/サンマーク出版)は、スピリチュアル寄りではあるけれど「もう一人の自分」という概念について平易にまとめている。もう少し科学的な切り口がほしければ、カルロ・ロヴェッリの『時間は存在しない』(NHK出版)が面白い。時間と記憶の関係について、物理学者の視点から語られていて、Nさんが見た「ずれ」を考える上で補助線になる。
怪談としてのリアリティを味わいたいなら、黒木あるじの『怪談実話 無惨百物語 ゆるさない』(竹書房文庫)を薦めたい。遺品にまつわる怪異の実話が複数収録されていて、Tさんの話と重なる空気感がある。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
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並行世界の存在について
村松大輔 / サンマーク出版
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時間は存在しない
カルロ・ロヴェッリ / NHK出版
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怪談実話 無惨百物語 ゆるさない
黒木あるじ / 竹書房文庫
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