霧の防波堤で俺が会った「ここにいないはずの漁師」の話
濃霧の早朝、いつもの防波堤に釣りに出た投稿者が体験した、灯台も音も時間も狂った港の怪異。
あの朝、港から音が消えた
去年の秋口、10月に入ったばかりの頃の話。
俺は北陸のとある港町で暮らしてる。仕事は普通の会社員で、唯一の趣味が釣り。週末になると暗いうちから防波堤に出て、夜明けのマヅメ時にアジやメバルを狙う。そんな生活をもう5年くらい続けてる人間です。
霊感はゼロ。心霊スポットとか興味ないし、まとめサイトの怖い話も「作り話だろうな」と思いながら暇つぶしに読む程度。そんな俺が自分で書き込むことになるとは思わなかった。
長文です。文章も下手くそだと思うので読みにくかったら申し訳ない。でも誰かに聞いてほしくて。あと、同じような体験をした人がいたら教えてほしい。あれが何だったのか、いまだに自分の中で整理がつかないんです。
その日は土曜日で、午前4時に目覚ましで起きた。カーテンを開けたら窓の外が真っ白だった。霧。それも、かなり濃いやつ。北陸の秋は霧が出やすいけど、ここまで視界がないのは珍しい。車の運転が怖いレベル。
正直やめようかなとも思った。でも前の週、仕事が忙しくて釣りに行けなかったストレスがあって、「防波堤まで歩いて15分だし、行くだけ行ってみよう」と。これが間違いだったのかもしれない。
Photo by Christian Chen on Unsplash
防波堤までの道で気づいた違和感
家を出たのが4時20分くらい。ヘッドライトを点けて歩き出した。霧のせいで光が拡散して、3メートル先がぼんやりとしか見えない。いつも通る道なのに、足元だけを頼りに歩く感じ。
港までの道は住宅街を抜けて、海沿いの県道に出て、そこから防波堤の付け根に入る。普段なら途中で自販機の光が見えたり、早起きの漁師さんの軽トラが走ってたりするんだけど、この日は誰もいなかった。まあ、この霧じゃ当然か、と思った。
防波堤の付け根に着いたのが4時35分頃。ここで最初の違和感があった。
いつもなら、港の入り口にある防波堤灯台の赤い光が、霧の中でもぼんやり見える。あの赤い点滅が「ああ、着いたな」って目印になってる。でもこの日は見えなかった。完全に霧に飲まれてるんだろうと、その時は気にしなかった。
もう一つ。港には定期的に汽笛が鳴る。霧が濃い日は特に、入港する船への警告で間隔が短くなる。数分おきにボーッと低い音が響くはずなんだけど、それも聞こえなかった。
海鳥の声もない。波の音すら妙に遠い。
防波堤の上を歩き始めた時、空気がちょっと変わった気がした。温度というか、湿度というか。さっきまでじっとりした秋の湿気だったのに、急にひんやりした乾いた空気に変わった。季節が一つずれたような。
「風向き変わったのかな」
独り言を言いながら、いつもの釣り座を目指して先端の方へ歩いた。
Photo by Steve Gribble on Unsplash
赤い灯台がない。白い灯台がある。
防波堤の先端に近づいた時。
ヘッドライトの光の先に、灯台のシルエットが浮かんだ。
おかしい。
俺が通ってる防波堤の灯台は、高さ5メートルくらいの赤い金属製の円柱型。よくある、港によくあるタイプのやつ。だけど霧の向こうに見えたのは、木造の、白い、もっと背の高い灯台だった。
形が違う。素材が違う。色が違う。
一瞬、防波堤を間違えたかと思った。この港には防波堤が2本あるから、霧で方向を見失って反対側に来てしまったのかもしれない。でも歩いた距離と時間を考えると、間違えようがない。いつもの道をいつもの足取りで歩いてきた。
混乱しながら灯台に近づいた。木の柱に白いペンキが塗ってあるんだけど、かなり古い。塗装が剥げて下地の木目が出てる。鉄の部分には錆が浮いてる。全体的に、昭和どころかもっと前、大正とか明治とか、そういう時代のにおいがした。
ホントに意味が分からなかった。
俺はここに毎週来てる。この防波堤のことは自分の部屋くらい知ってる。こんな灯台、見たことがない。
その時、灯台の根元に人影が見えた。
漁師のおっさん
灯台の足元に、一人の男が立ってた。
年齢は60代後半から70代くらい。小柄で、痩せてる。着ているものが古かった。ゴム引きの合羽じゃなくて、綿の厚手の上着みたいなもの。腰に手ぬぐいを挟んで、足元は地下足袋。頭にはタオルを巻いてた。
漁師だな、と思った。ただ、今の漁師はこんな格好しない。防水のツナギにゴム長靴が標準装備で、地下足袋の漁師なんて見たことがない。
おっさんは海の方を見ていた。霧で何も見えないはずなのに、じっと、何かを待つように。
「おはようございます」
俺は声をかけた。知らない人でも、釣り場で会えば挨拶するのが習慣になってるから、自然に口が動いた。
おっさんが振り返った。日に焼けた、深い皺のある顔。目が細くて、人懐っこいような、でもどこか遠くを見ているような表情。
「おう。釣りかね」
声は低くて、少しかすれてた。方言が混じってるけど、このへんの言葉だった。
「はい。アジ狙いで」
「そうかい。今日はあかんぞ。こういう朝は魚が底に沈む」
「やっぱりそうですか。霧がすごいですね」
「ああ。こういう朝がある。ときどきな」
おっさんはそれだけ言って、また海の方を向いた。
俺はなんとなく話を続けた。「ここの灯台って、こんなでしたっけ。赤い灯台があったと思うんですが」
おっさんは少し首を傾げた。「赤い灯台? ここにはこれしかないよ。わしが子供の頃からずっとこれだ」
背筋がぞわっとした。
でもその感覚は一瞬で、すぐに「ああ、やっぱり俺が防波堤を間違えたんだ」と自分に言い聞かせた。おかしいな、と思いながらも、それ以外の説明がつかなかったから。
おっさんはそのあと少しだけ話してくれた。今日は漁に出られないから様子を見に来たこと。息子が船を継いでくれないこと。最近の海は魚が減ったこと。
どれも普通の、年老いた漁師の愚痴だった。
俺はそのうち竿を出す気もなくなって、「じゃあ帰ります。お気をつけて」と言った。
おっさんは「おう」とだけ返した。
📺 関連映像: 時空のおっさん 不思議体験 海 防波堤 — YouTube で検索
戻ってきたら、すべてが元に戻っていた
灯台を背にして防波堤を歩き始めた。来た道を戻る。ただそれだけのことなのに、10歩くらい歩いたところで、急に空気が変わった。
さっきの逆。乾いた空気が、また秋のじっとりした湿気に戻った。
ボーッ。
汽笛が鳴った。いつもの、港の汽笛。
カモメが鳴いてる。波の音が近い。
振り返った。
霧はまだ濃い。でもその向こうに、赤い光が点滅していた。いつもの、赤い金属製の灯台。
白い木造の灯台は、ない。
おっさんの姿も、ない。
足が止まった。しばらく動けなかった。
時計を見た。4時58分。防波堤の先端に着いたのが4時45分頃だったから、おっさんと話していたのは10分くらいのはず。でも体感ではもっと長かった。30分くらい話していた気がする。
霧は朝6時頃にはだいぶ晴れて、俺はそのまま防波堤の先端まで行った。いつもの赤い灯台が、いつも通りそこにあった。足元にはコンクリートの地面。木造の灯台が建っていた痕跡なんか、当然どこにもない。
その日は結局、一匹も釣れなかった。おっさんの言った通りだった。
Photo by Parker Hilton on Unsplash
後日、調べて分かったこと
家に帰ってから気になって、この港の歴史を調べた。図書館に行って郷土資料を漁った。会社の昼休みにスマホでも検索した。
分かったのは、今の防波堤が作られたのは昭和40年代で、それ以前は木造の小さな防波堤があったということ。そしてその旧い防波堤には、白い木造の灯台が立っていたこと。
郷土史の写真集に、その灯台の写真が1枚だけ載っていた。白黒写真だけど、形は俺が見たものと同じだった。
昭和30年代の台風で旧防波堤は大きく損壊し、その後コンクリートで新しく作り直された。白い灯台は撤去されて、今の赤い灯台に替わった。
俺が見た灯台は、60年以上前に消えた灯台だった。
おっさんの服装も時代が合う。綿の上着に地下足袋。昭和20年代から30年代の漁師の格好そのものだ。
あのおっさんは誰だったのか。
あの10分間、俺はどこにいたのか。
ネットで「時空のおっさん」って検索したら、似たような体験談がいくつか出てきた。ある時間、ある場所で、過去や別の時間軸に一瞬だけ迷い込む体験。でも俺の場合、おっさんは普通に会話してくれた。俺の存在を認識してた。あの人から見て、俺はどう見えてたんだろう。未来から来た変な格好の若者に見えてたんだろうか。
あれから何度もあの防波堤に行ってる。同じような霧の朝も2回あった。でも白い灯台は二度と現れないし、あのおっさんにも会えていない。
会えたとして、何を話すんだろうな。「息子さんは結局、船を継いだんですか」とか聞くんだろうか。
Photo by Marius Matuschzik on Unsplash
何が分かっていて、何が分かっていないか
分かっていることは少ない。
あの朝、濃霧の中で俺は白い木造の灯台を見た。それは60年以上前に実在した灯台と一致する。そこにいた漁師のおっさんの服装も、同じ時代のものと矛盾しない。
分かっていないことは多い。あれが幻覚だったのか、夢うつつだったのか、それとも何か別の現象だったのか。おっさんが生きている人間だったのか、そうでなかったのか。あの空間がどこだったのか。
科学的に言えば、濃霧による視界不良と睡眠不足が幻覚を引き起こした可能性はある。4時起きだったし、寝ぼけていたのかもしれない。でも俺はおっさんの声を聞いた。海風に混じった潮と、古い木の匂いを嗅いだ。あの空気の冷たさは、10月の北陸の朝の温度じゃなかった。もっと冬に近い、乾いた寒さだった。
民俗学的には「時空の歪み」「タイムスリップ型怪異」と分類されるらしい。柳田國男の『遠野物語』にも、霧の中で異界に迷い込む話がいくつか収録されている。海辺、霧、夜明け前。境界が曖昧になる時間と場所で、普段は見えないものが見える。そういう体験は昔から語られてきた。
ネット上にも似た報告は散見される。いわゆる「きさらぎ駅」系の話。ただ、俺の場合は怖い目に遭ったわけじゃない。おっさんは親切だった。「今日はあかんぞ」と教えてくれた。本当に釣れなかった。
怖かったのは、帰ってきた後だ。あの場所に自分が立っていたという事実が、じわじわと重くなってくる。
今も週末はあの防波堤に通ってる。釣りは相変わらず好きだし、あの場所を避ける理由もない。ただ、霧の濃い朝だけは、少し足が重くなる。先端に着くまでの間、赤い灯台の光が見えるかどうか、ずっと確認してる。
あの光が見えているうちは、俺はこちら側にいるんだと思うから。
長文失礼しました。読んでくれた人、ありがとう。同じような体験した人、マジで教えてほしい。
Photo by Paul Andrusiak on Unsplash
出典: 霧の防波堤で会った漁師
もっと深く知りたい人向けの本
この手の「境界の怪異」「時空のずれ」に興味を持った人に、いくつか本を挙げておく。
『遠野物語』(柳田國男、岩波文庫)は言わずもがなの古典。霧や山中で異界に触れる話が複数収録されていて、この手の体験談の原型がここにある。
『現代怪談 地獄めぐり』(松村進吉、竹書房文庫)は、投稿型の怪談実話集。海や港で起きた体験談も収録されていて、読後にじわじわくるタイプの話が多い。
『怪談実話 無惨百物語 ゆるさない』(黒木あるじ、竹書房文庫)も、取材ベースの実話怪談。日常の中に異界が割り込んでくる系の話を集めていて、今回の投稿に近い空気感がある。
どれも寝る前に読むと後悔するかもしれないけど、それがいい。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
📚 この記事で紹介した書籍
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遠野物語
柳田國男 / 岩波文庫
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現代怪談 地獄めぐり
松村進吉 / 竹書房文庫
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怪談実話 無惨百物語 ゆるさない
黒木あるじ / 竹書房文庫
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