世界怪奇録
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2026-05-10その他

杉並区の古いアパートで押入れを開けたら、昭和42年の商店街に繋がっていた──駄菓子屋のおばさんが言った「また来たのね」の意味

築年数不明のアパートの押入れ奥に、昭和42年で時間が止まった商店街が広がっていた。友人Tが持ち帰った駄菓子、消えた引き戸、そして更地に灯ったオレンジの光。

杉並区の古いアパートで押入れを開けたら、昭和42年の商店街に繋がっていた──駄菓子屋のおばさんが言った「また来たのね」の意味
Photo by Fumiaki Hayashi on Unsplash

Tが引っ越してきた日の、あの壁板のこと

大学からの友達であるTは、古い建物を撮るのが好きな変わった奴だった。

わざわざ築何十年のアパートを選んで住む。壊れかけた手すりとか、日に焼けた表札とか、そういうものにレンズを向けてはニヤニヤしてる、そんなタイプ。俺はAとします。あとTの元カノをRとして、必要なところだけ出します。

Tが杉並区のそのアパートに越したのは2019年の秋だったと思う。中央線のとある駅から徒歩15分くらい。駅名はTに止められてるので書けない。木造モルタルの二階建て。外階段の手すりは錆びて、踊り場には前の住人が置いていったプラスチックの植木鉢がそのまま放置されてた。土はカラカラに白く乾いて、何が植わってたのかもわからない。

築年数は不動産屋に聞いても「ちょっとわからないですね」。登記簿にも正確な竣工年が載ってない。杉並って関東大震災の後にどっと人が流れてきたエリアで、昭和30〜40年代にアパートが乱立した。その頃の建物は記録が曖昧なまま残ってることが珍しくないらしい。建て増しを繰り返して、もう誰も元の図面を持ってない。そういう建物。

引っ越し当日、俺も手伝いに行った。六畳一間に小さなキッチン。風呂なし、トイレ共同。砂壁は指で触ると粉がぱらぱら落ちる。押入れは二段式の襖仕立てで、引き手の金具が片方欠けてた。

Tが押入れの下段を覗き込んで言った。

T「なあ、これ見て。奥の壁板、一枚だけ色違くない?」

確かに一枚だけ微妙に新しかった。周囲の板は経年で均一に焼けてるのに、その一枚だけ木目の向きが揃ってない。後から嵌めたような不自然さ。俺は「前の住人がDIYで直したんじゃない」と答えた。Tも「まあそうか」と言って、その日はそれで終わった。

問題が起きたのは引っ越しから二週間くらい経った夜だった。

dark empty japanese tatami room fusuma closet Photo by Bharath Kumar on Unsplash

壁板の向こうにあった引き戸

ある夜、Tは布団を引っ張り出そうとして、例の色が違う壁板に手が当たった。板がガタ、と動いた。数ミリだけずれた。

好奇心の塊みたいな奴なので当然そこで止まらない。慎重に板をずらしてみると、裏側に古い木製の引き戸があった。引き戸の隙間から風が吹いてきたとTは言った。

T「風っていうか、空気の流れ。でもさ、このアパートの構造からして壁の向こうは隣の部屋か外のはずだろ。なのに風の質が違うんだよ。なんつーか、生活の匂いがする空気」

醤油の匂い。焼きそばのソースみたいな甘い匂い。それとかすかに人の声。ざわざわした、商店街のガヤみたいな音。テレビの砂嵐を遠くで聞いてるのに似てるけど、もっと生々しい。人が動いてる音だった。

Tは引き戸を開けた。

ここからはTが俺に語った内容をできるだけそのまま書きます。会話の内容も、聞いた時にメモったものをそのまま書いてるのでかなり乱文かもしれません。許してください。

T「開けた瞬間、光がバッて入ってきた。蛍光灯じゃない。裸電球のあのオレンジっぽいやつ。で、匂いが一気にきた。焼き魚、煮物、ソース。全部混ざった匂い。生活の匂いだよ。誰かがそこで暮らしてる匂い」

T「目が慣れてきて見えたのは、商店街だった。幅がすげぇ狭い。両側に小さい店が並んでて、八百屋、魚屋、金物屋、駄菓子屋。看板が全部手書きで、木の柱にペンキで直接店名が描いてある。歩いてる人の服がさ、明らかに今の格好じゃないの。おばちゃんはスカーフ巻いてるし、おっさんはだぼっとしたスラックスにワイシャツ。子供は半ズボンに白い運動靴」

足元はコンクリートじゃなくて、土を固めたような路面。ところどころに水たまりがあって、泥が靴底にねっとり吸い付いた。野良犬が店先で寝そべっていて、近づいても逃げない。ノミが首回りに見えるくらいの距離まで寄れた。

そして決定的だったのが、ある店の軒先に置いてあった新聞の日付。

昭和42年。1967年。

T「最初は映画のセットかと思った。でもさ、匂いがあるんだよ。犬の体臭とか水たまりの泥の匂いとか。セットでこの匂いは出ない。それに風がある。空が見えた。夕焼けだった。電線に雀が止まってて、鳴いてた」

narrow old japanese shopping street lantern dusk Photo by Bernd 📷 Dittrich on Unsplash

駄菓子屋のおばさんが俺の注文を知っていた

Tはその商店街を何度か訪れた。引き戸を開けるたびに、同じ風景がそこにあった。同じ夕方。同じ天気。同じ夕焼け。新聞の日付も動かない。昭和42年のまま。ビデオを巻き戻して再生してるみたいに、通りを歩く人たちの顔ぶれも配置もほぼ同じだった。八百屋の前でネギを選んでるおばさん。たばこ屋の軒下で将棋を指してるじいさん二人。自転車を押して坂を上がる郵便配達員。

何度目かの訪問で、Tは駄菓子屋に入った。

店の奥に60代くらいのおばさんが座ってた。割烹着を着て、ラジオを聴いている。ガラスケースの中に並んだ駄菓子を眺めてたら、おばさんがTの顔を見てこう言った。

「また来たのね」

T「いや、初めて来たんですけど」と言いかけたけど、おばさんは構わず紙袋を出してきて、梅ジャム、酢イカ、ココアシガレットを詰め始めた。10円玉で買える駄菓子を。手つきに迷いがなかった。まるでTがいつも買うものを知ってるみたいに。

T「俺、財布持ってたけど令和の硬貨しか入ってないじゃん。出したらまずいかなって。でもおばさんは金を要求しなかった。『持っていきな』って。笑顔で。しわの深い、でもすごく穏やかな顔で」

アパートの部屋に戻った時、紙袋は手の中にあった。中身もあった。梅ジャムのあの甘酸っぱい匂い。紙袋に油じみができてて、酢イカの酢の匂いが指についた。

ここでTが俺に電話してきた。

T「A、俺ちょっとやばい話していい?」

声が震えてるとかじゃなくて、逆に妙に落ち着いてた。衝撃がデカすぎて感情が追いついてない時のあの声。大事故を目撃した直後に淡々と状況を説明してる人の、あの感じ。

翌日、俺はTのアパートに行った。押入れを見せてもらった。壁板をずらした。確かに引き戸がある。木製の、かなり古い引き戸。木目に沿って細い亀裂が走ってて、塗料が剥げて地の木の色が出てた。でも俺が開けても、向こうにはコンクリートブロックしかなかった。湿った、冷たいコンクリートの表面。指先に伝わるざらついた感触。

Tは紙袋を出してきた。茶色い紙袋に駄菓子が入ってた。パッケージが今売ってるやつと微妙に違う。ロゴの書体、色味、梅ジャムの袋の印刷がベタ塗りでグラデーションがかかってない。

正直、半信半疑だった。Tが古い駄菓子をどこかで仕込んだ可能性もゼロじゃない。でもTは嘘をつくような奴じゃないし、何より俺はあの引き戸を自分の目で見てる。蝶番の金具は錆びきって、引き戸の溝にうっすら埃が積もってた。誰かが最近つけたものとはどうしても思えなかった。

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更地に灯ったオレンジの光

ここからはTの体験とは別の話になる。でも妙に繋がるので書かせてほしい。

Tの話を聞いた後、俺は気になって杉並区のアパート周辺を昼間に歩いてみた。住宅街の中にぽつぽつと戦後すぐの雰囲気を残した建物が混じってた。トタン屋根の倉庫、木製の電柱。路地を曲がるたびに時代がちぐはぐに入れ替わるような、妙な地形。

その数日後の深夜、仕事帰りに終電を逃して、Tのアパートの近くを歩いて帰ることになった。11月、コートの襟を立てても首筋が冷える夜。吐く息が白かった。

住宅街に入ると街灯の間隔が広くなる。スマホのライトで足元を照らしながら歩いてたら、ふと横に目がいった。

古いブロック塀の隙間から、光が漏れてた。

塀の向こうは数ヶ月前に建物が取り壊されて更地になった場所のはず。昼間に通った時は雑草だらけの空き地だった。なのに、オレンジ色の灯り。人の気配。食器がカチャカチャ鳴る音。子どもが笑う声。何かを煮詰めているような、甘くて重い匂い。

俺は塀の隙間に顔を近づけた。

狭い路地の奥に、小さな店が数軒並んでた。看板の字体が古い。一軒はたばこ屋。一軒は仕立屋みたいで、ショーウィンドウに布地の見本が並んでいた。裸電球がその表面をてらてら照らしてる。カウンターの向こうに年配の女性が座ってて、ふっと顔を上げた。

俺と、目が合った。

女性は微笑んだ。口がゆっくり動いた。声は聞こえなかった。でも唇の動きで、何を言ったかわかった気がした。

「おかえり」

スマホを落とした。アスファルトにカツンと当たる音。その音で我に返って、拾い上げて、もう一度隙間を覗いた時には何もなかった。月明かりに照らされた更地。風に揺れる雑草。枯れたセイタカアワダチソウの茎が白い骨みたいに立っていた。匂いも音も光も全部消えてた。

寒さとは違う震えが止まらなかった。5分くらいそこに立ちつくしてた。近くの家から犬が一声吠えて、それでやっと足が動いた。

その後、同じ場所を何度か通ったけど、二度と光は見えなかった。

empty lot overgrown weeds moonlight urban japan Photo by Parsa on Unsplash

Tが最後に残した言葉

Tの話に戻る。

Tはあの後も何度か押入れの引き戸を開けた。開く時と開かない時があった。開く時は必ず夜で、向こうは決まって同じ夕方の商店街だった。Tは商店街を歩き回って店の名前をメモした。魚屋は「丸和鮮魚」。金物屋は「カネタ金物店」。駄菓子屋は「はまだ」。そういう記録を几帳面に残してた。

ある日、杉並区の郷土資料を調べに図書館に行ったらしい。昭和40年代のその辺りの商店の記録を探した。結果はほとんど何も見つからなかった。大きな商店街は記録があるけど、路地裏の小規模な商店の並びみたいなものは名前すら残ってない。写真もない。区の郷土資料館にも問い合わせたけど「その辺りに商店があった可能性はありますが、具体的な記録は見つかりませんでした」と言われたそうだ。

消えた商店街はもう誰の記憶にも残ってない。記録にもない。あるのはTのメモだけ。

そして2019年の年末を過ぎた頃、引き戸が消えた。

壁板をずらしても、向こうはコンクリートブロックしかなかった。叩いても押してもびくともしない。隙間風もない。声も聞こえない。焼きそばの匂いもしない。引き戸そのものが、最初からなかったみたいに。痕跡すら残ってなかった。

Tは2020年の春にそのアパートを出た。コロナで在宅勤務になって、風呂なし共同トイレの部屋がきつくなったのもあるけど、理由はそれだけじゃなかったと思う。あの後しばらくTは元気がなかった。飲みに誘っても断られる。写真も撮らなくなった。古い建物の話をすると黙り込む。

引っ越す前日、Tが俺に言った。

T「あのおばさんの『また来たのね』がずっと引っかかってる。『また』ってことは、俺の前にも誰かがあの引き戸を通ったってことだろ。あるいは俺自身が何回も行ってて、覚えてないのかもしれない。でもさ、一番怖いのは、あのおばさんが『昭和42年の人間』だとしたら、毎日同じ夕方を繰り返してるってことだよ。ずっと。何十年も。それって生きてるのか? 死んでるのか? 俺はあの人に会いに行ってたのか、それとも」

Tはそこで言葉を切った。その先を聞けないまま、俺たちは缶ビールを空にして、解散した。

abandoned old japanese apartment building dusk Photo by Martin Er on Unsplash

結局なんだったのか

もうあのアパートは建て替えられたらしい。Tが出た翌年くらいに取り壊されて、今は真新しい三階建てのマンションになってる。Google Mapsのストリートビューで確認した。外壁がベージュの、どこにでもあるやつ。あの錆びた外階段も、カラカラの植木鉢もない。

Tは今、都内の別の場所で普通に暮らしてる。写真はまた撮り始めたけど、古い建物にはもうカメラを向けない。被写体がぜんぶ新しい建築物に変わった。ガラスとコンクリートの、築浅の建物ばっかり。Tなりのケジメなのか、それとも怖いのか。聞いたことはない。

紙袋の駄菓子はTが食べた。味は普通だったそうだ。梅ジャムは甘酸っぱくて、酢イカはちゃんと酢の味がした。パッケージだけ取っておいたらしいけど、引っ越しの時にどこかにいったと言ってた。

俺が更地で見たあの光について、Tに話したことがある。Tは少し黙ってから「そうか」とだけ言った。驚いた様子はなかった。むしろ納得してるような顔だった。「あの辺り一帯が、そういう場所なのかもな」と小さく呟いて、それきりだった。

Tのメモに残ってた店の名前。丸和鮮魚、カネタ金物店、はまだ。検索してもSNSを探しても、何も出てこない。昭和42年に確かに人が生きていた商店街の痕跡が、この世界のどこにも残ってない。

あの駄菓子屋のおばさんは今もあの夕方の中にいるんだろうか。割烹着を着て、ラジオを聴いて、紙袋に梅ジャムを詰めて。「また来たのね」と微笑みながら。次に引き戸を開ける誰かを、待っているんだろうか。

皆さんに聞きたいんです。こういう体験をした人、いますか。古い建物の中に、あるはずのない場所に繋がる通路があった、みたいな話。マジで情報求めてます。

長文失礼しました。読んでくれてありがとう。

もっと深く知りたい人向けに、この手の話と親和性が高い本をいくつか挙げておく。杉並の土地柄を知るなら『杉並区の歴史と文化 散歩の達人ブックス』(散歩の達人編集部、交通新聞社)。東京の異界スポット全般に興味があるなら荒俣宏の『東京異界散歩』(集英社文庫)。投稿型の実話怪談が好きなら木原浩勝・中山市朗の『新耳袋 第四夜』(角川文庫)と黒木あるじの『怪談実話 無惨百物語 ゆるさない』(竹書房文庫)。それと昭和の商店街の空気感を写真で味わいたいなら秋山武雄の『昭和の東京 路地裏の記憶』(河出書房新社)が良い。あのTが見た風景に近いものが、たぶんこの中にある。


本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。

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