世界怪奇録
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2026-06-12その他

止まっていたはずの柱時計が動いていた──冬季分校で撮った写真に「知らない机」が写っていた話

山あいの廃校を訪ねた老人が見た、止まらない柱時計と写真にだけ増えた机。あの子らはどこへ帰るのか。

止まっていたはずの柱時計が動いていた──冬季分校で撮った写真に「知らない机」が写っていた話
Photo by Dominic Kurniawan Suryaputra on Unsplash

七十を過ぎてから、怖い話を持つことになるとは思わなかった

私がこの話をするのは、これが初めてです。

七十を過ぎた老人の投稿など需要があるのかわかりませんが、どうしても誰かに聞いてほしくて書きます。文章を打つのも慣れておりませんし、読みにくいところがあったら申し訳ございません。

退職してからというもの、体力の続く限り何か新しいことを始めようと思い、市の生涯学習センターで開かれている郷土史の講座に通い始めました。週に一度、先生と受講生十数人で地元の歴史を学ぶ穏やかな集まりです。メンバーはほとんどが私と同年代か少し上の方々で、元教師のHさん、元役場職員のNさんあたりが中心になって話を引っ張ってくださる。

その講座の一環で「冬季分校の実地見学」という回がありました。

冬季分校というのは、豪雪地帯の山間部で冬の間だけ開かれていた学校のことです。本校まで何キロも山道を歩かなければならない集落の子供たちのために、冬場だけ地元の建物を使って授業をしていた。昭和の中頃まではあちこちにあったそうですが、過疎化と道路整備が進んで、今はほとんど残っていません。

私たちが見学に行ったのは、市内でも最も奥まった谷筋に残る木造の分校跡でした。車を降りてから、さらに十五分ほど細い道を歩きます。十一月の末で、まだ雪は積もっていなかったけれど、空気はもう冬のものでした。吐く息が白く、杉林の間を抜ける風が首筋を刺す。

先生が「では中に入りましょう」と引き戸を開けたとき、中からふわっと古い木の匂いが流れてきました。埃と、かすかに油のような。学校の匂いです。何十年も前に最後の授業が行われた場所なのに、不思議と「ついさっきまで誰かがいた」ような空気が残っていた。

あのとき、帰っておけばよかったのかもしれません。

abandoned wooden schoolhouse mountain japan Photo by Ryan Franco on Unsplash

止まっていたはずの時計

分校の中は、教室一間と、小さな土間、それに先生用の小部屋が一つ。それだけの建物です。

教室には木の机と椅子が六つ並んでいて、正面に黒板、その右の柱に古い振り子式の柱時計がかかっていました。文字盤が少し黄ばんで、針は「二時四十七分」を指して止まっている。先生が「この時計はもう何十年も動いていません。分校が閉じた日のまま止まっていると言われています」と説明してくれました。

受講生の皆さんは熱心にメモを取ったり写真を撮ったりしていました。私も妻に買ってもらったデジタルカメラで何枚か撮りました。黒板、机、窓から見える杉林、そして柱時計。

三十分ほど見学して、先生が「そろそろ戻りましょう」と声をかけた。皆が出口に向かったとき、Nさんが「おや」と声を上げた。

Nさん「先生、この時計、動いてません?」

私たちは振り返りました。柱時計を見ました。

振り子が、揺れていたんです。

カチ、コチ、カチ、コチ。静かな教室に、確かに時を刻む音が響いていた。

針は「三時十五分」を指していました。私たちが中に入ってからちょうど三十分弱。つまり、入った時刻から正確に時間が進んでいるように見えた。

先生は少し困ったような顔をして、「振動で動き出すことはあるんですよ」とおっしゃいました。古い時計は、何かの拍子にまた動き出すことがある。床を歩いた振動が伝わったのだろう、と。

受講生の何人かは「へえ」と頷いていましたが、私はどうにも納得できなかった。私たちが入ったとき、振り子は確かに止まっていた。あの短針と長針の位置、「二時四十七分」をはっきり見ている。それが三十分足らずで正確に動いて「三時十五分」を指すなんてことがあるのか。振動で動き出した時計が、いきなり正確な時刻を刻むものなのか。

でもその場では何も言えませんでした。年寄りが怖がってると思われるのも嫌でしたから。

old pendulum clock dark wooden wall Photo by Wemel Wood on Unsplash

写真に写っていた「七つ目の机」

家に帰って、撮った写真をパソコンに取り込みました。

妻に「今日はこんなところに行ってきたよ」と見せるつもりで、一枚ずつ確認していった。杉林の道、分校の外観、黒板、窓、柱時計。どれも見学のときの記憶と合致していて、特におかしなところはない。

それで、教室全体を撮った一枚を開いたとき。

机が七つあったんです。

現地では六つだった。先生も「この分校には多い年で六人ほど通っていたそうです」と説明していた。私は何度も数えました。写真の中では、窓側の列に三つ、廊下側の列に三つ、そして教室の一番後ろ、隅のほうにもう一つ。小さな木の机と椅子が、ぽつんと置いてある。

妻を呼んで「この机、何個ある?」と聞きました。妻は指で数えて「七つでしょ?」と答えた。

翌日、同じ講座のHさんに電話しました。Hさんも写真を撮っていたので、見比べてほしかったんです。

Hさんの写真では、机は六つでした。

Hさん「あれ、あんたの写真には七つあるの? 同じ教室を撮ってるのに変だねえ」

私の写真にだけ写っている七つ目の机。しかもその机の上に、何か白いものが見える。拡大してみると、ノートのような。開いた状態の、薄い冊子のようなものが置いてある。

そこまで確認して、私は急に怖くなりました。

あの教室にいたとき、奥の隅なんて見ていなかった。写真の構図的にはたまたま画角に入っただけで、肉眼では気づかなかったとも考えられる。でもHさんの写真には写っていない。角度の違いだけでは説明がつかない。Hさんは私より広い画角で撮っていて、教室の隅まで入っているのに、そこには机がないんです。

empty old classroom wooden desks dim light Photo by urusy on Unsplash

校舎の中にだけ降っていた雪

写真の件があってから二週間ほど経った頃、講座の忘年会がありました。

酒の席で柱時計の話が出て、何人かが「あれは不思議だったね」と笑っていた。そのとき、Nさんがぽつりとこう言ったんです。

Nさん「俺、あの後もう一回行ったんだよ。一人で」

Nさんは元役場職員で、あの分校がある集落の行政を担当していた時期があるらしい。見学の後、気になって個人的に再訪したのだと。

Nさん「十二月に入ってたから、もう雪が降ってた。分校までの道に足跡はなかった。俺が最初の一人のはずだった。それで戸を開けてな」

Nさんは少し酒を飲んで、続けました。

Nさん「教室の中にだけ、雪が降ってたんだ」

屋根には穴もない。窓も閉まっている。なのに教室の空間の中に、静かに、ゆっくりと、白いものが舞い降りていたと。

Nさん「床には積もってなかった。降ってるのに積もらない。机にも椅子にも、何にも付かない。ただ空中を舞ってるだけだった。手を出してみたけど、手のひらには何も残らなかった」

Nさん「それでな。鐘の音が聞こえたんだ」

鐘。この分校には、下校の合図に使っていた手持ちの鉄の鐘が残っている。見学のとき、土間の壁にかかっているのを見た。先生が「これで帰りの時間を知らせていたそうです」と教えてくれたやつだ。

Nさん「壁にかかったままだったよ。誰も触ってない。でも、カーン、カーンって。三回鳴った。それで雪がやんだ。一瞬で消えた。教室の中は何事もなかったように静かになって、柱時計だけがカチコチ動いてた」

Nさん「三時十五分を指してた」

宴席が一瞬、静まりました。

Nさんは酔っていたかもしれません。でもあの人は、冗談を言うような性格ではない。四十年間、真面目に役場勤めをした人です。

📺 関連映像: 冬季分校 廃校 怪談 柱時計 — YouTube で検索

三時十五分の意味

Nさんの話を聞いてから、私は郷土史の資料をいくつか調べました。

あの分校には、昭和二十年代の後半に一度だけ、冬場に大きな雪崩が集落を襲った記録が残っています。分校の建物自体は被害を免れたものの、通学路にあたる斜面が崩れ、下校途中だった児童が巻き込まれたという。何人が犠牲になったのか、資料によって数字が違う。五人とするものもあれば、七人とするものもある。

七人。

写真の机が七つだったことを思い出して、背筋が冷たくなりました。

下校時刻は、当時の分校の日課表によれば「午後三時十五分」と記録されていました。先生が鐘を三度鳴らすのが合図だった。

あの子たちは、まだ帰ろうとしているんじゃないか。

止まった時計が三時十五分を指すのは、まだ下校の時間が来ていないからではないか。私たちが教室にいる間だけ、授業が再開されて、時間が動き始める。そして三時十五分になると鐘が鳴って、あの子たちは帰路につく。でも帰る場所はもうない。だからまた時計は止まって、次に誰かが来るのを待つ。

雪は、あの日の雪なのかもしれません。

Nさんは「もう行かない」と言っていました。私も行くつもりはありません。

snowy mountain path forest winter mist Photo by Alexandra on Unsplash

何が分かっていて、何が分かっていないか

分かっていることを整理します。

柱時計が見学中に動き出したのは、受講生十数人が目撃している事実です。先生は「振動で動いた」と説明しましたが、針が正確な経過時間を示していた点について、納得のいく説明は出ていません。

私の写真にだけ七つ目の机が写っている件。デジタルカメラの故障や、レンズの汚れによる像の歪みなども考えましたが、机の形ははっきりしており、ノートらしきものまで写っている。同行したHさんの写真には写っていない。この食い違いは今も説明がつきません。

Nさんの再訪時の体験は、Nさん個人の証言のみです。裏付けはありません。ただ、鐘が三回鳴ったこと、時計が三時十五分を指していたことは、分校の記録にある下校時刻と一致しています。

七十年以上前の雪崩で亡くなった児童の人数が、資料によって五人だったり七人だったりするのも気になる。もし七人が正しいなら、写真の机の数と合う。でも「五人」が正しいなら、残りの二つは何なのか。

あるいは、全部ただの偶然なのかもしれません。老人の感傷が見せた幻かもしれません。

でも、あの写真は消せずにいます。

消したら、あの子たちの机がなくなってしまう気がして。

abandoned school entrance snow covered rural japan Photo by Johnny Ho on Unsplash

出典: 冬季分校の柱時計 - the-mystery.org

もっと深く知りたい人向けの本

山間部の怪異や廃校にまつわる話に興味を持った方に、いくつか本を挙げておきます。

柳田國男の『遠野物語』(岩波文庫)は、山の民俗と怪異の古典中の古典です。冬季分校の話とは直接関係ありませんが、日本の山間集落に根づいた「見えないもの」の記録として、一度は読んでおいて損はないと思います。

田中康弘さんの『山怪 山人が語る不思議な話』(山と溪谷社)は、現代の猟師や林業関係者から聞き取った山の怪談集。理屈では説明できない体験が、淡々と、でも生々しく語られています。

常光徹さんの『学校の怪談』(講談社現代新書)は、学校という場所がなぜ怪談の舞台になりやすいのかを民俗学の視点から考察した一冊です。トイレの花子さんや動く人体模型だけでなく、廃校に残る「気配」の話もあったと記憶しています。

廃校そのものに興味がある方には、廃校巡りの会による写真集『日本の廃校』(辰巳出版)もお薦めします。全国各地の廃校の写真が収められていて、ページをめくるたびに、かつてそこにいた子供たちの声が聞こえてくるような気持ちになります。


本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。

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