数えるたびに一体多い。亡き蒐集家が遺した剥製の部屋で見つけた「人名の札」の話
故人の蒐集部屋で剥製を数えるたび、台帳より常に一体多い。その余分な標本には種名ではなく人の名と日付だけが記されていた。
最初に数が合わないと気づいたのは、三日目の午後だった
自分は霊感とかまったくない人間です。怖い話も好んで読むほうじゃない。ただ、去年の秋に関わった「ある片付け仕事」のことが、半年以上たった今でも頭にこびりついていて、誰かに聞いてほしくて書きます。
長文です。文才もないので読みにくいかもしれません、許してください。
俺の仕事は、ざっくり言うと遺品整理の補助。正社員じゃなくて、知り合いのBさんが個人でやってる遺品整理業を手伝う形で、月に何件か現場に入る。大体は普通の一軒家やアパートの一室で、家具を運び出したり、分別したり、まあ地味な肉体労働がメインになる。
で、去年の十月。Bさんから連絡が来た。
Bさん「今度の現場、ちょっと変わってる。故人が博物学の蒐集家だったらしくて、剥製がめちゃくちゃある。数が多いから手伝い増やしたい。来てくれるか」
剥製。正直あんまり関わりたくないなと思ったけど、その月は仕事が少なかったし、Bさんには世話になってるから引き受けた。
現場は関東の、詳しくは言えないけど山に近い住宅地の外れにある古い一軒家。故人はTさんという七十代の男性で、独り身。亡くなってから二ヶ月ほど経っていた。遺族は遠方に住む甥御さん一人だけで、甥御さん自身も「叔父とは年に一度会うかどうかだった」と言っていた。
Tさんの「奥の部屋」
一日目と二日目は、居間や台所、寝室の片付けだった。物が多い家ではあったけど、汚部屋というわけじゃなくて、むしろ几帳面に整頓されていた。本棚には博物学や動物学の専門書がぎっしり並んでいて、Bさんが「これ、古書店に持ってったら値がつくかもな」とつぶやいていた。
問題は三日目。奥の部屋に入った時だった。
Tさんの家は廊下の突き当たりに、引き戸で仕切られた六畳ほどの部屋があった。甥御さんから「叔父の趣味の部屋です。中は見たことがないので、処分はお任せします」と言われていた部屋。引き戸を開けた瞬間、ホントに息が止まった。
壁一面の棚。そこに、鳥、小型の哺乳類、爬虫類の剥製がずらりと並んでいた。数十体。もしかしたら百を超えていたかもしれない。すべてガラスケースや木製の台座に丁寧に据えられていて、それぞれに小さな白い札がついている。
部屋の空気がひんやりしていた。十月とはいえ、家の他の部屋とは明らかに温度が違う。Bさんは「剥製の保存のために断熱してあるのかもな」と言ったけど、それにしても冷たかった。防虫剤とも違う、甘くて重い薬品の匂いが鼻についた。ホルマリンなのか何なのか、俺にはわからなかった。
棚の横に古い木製の机があって、その上にA4サイズのノート。表紙に「台帳」と几帳面な字で書いてある。中を開くと、剥製一体ごとに番号、種名、採集日、採集地が記録されていた。字は細かくて正確で、Tさんが相当な情熱を持ってこの蒐集に取り組んでいたのが伝わってきた。
Bさんが「まず数を確認して、甥御さんに報告しよう」と言ったので、俺が台帳を読み上げて、Bさんが棚の剥製と照合する作業を始めた。
台帳の記録は全部で八十七体。鳥類が一番多くて、次に小型哺乳類、爬虫類が少し。棚は左上から番号順に並んでいて、台帳と一対一で対応している。几帳面な人だったんだなと思いながら照合を進めて、最後の八十七番まで確認し終えた。
そこでBさんが言った。
Bさん「なあ、一個多くないか」
Photo by Tanya Barrow on Unsplash
何度数えても、八十八になる
俺も棚を見た。確かに、八十七番の横にもう一体、小さな剥製が置いてある。鳥だった。スズメくらいの大きさの、茶色い小鳥。他の剥製と同じように木製の台座に据えられていて、白い札がついている。
ただ、その札の書き方が違った。
他の剥製の札には「メジロ」「カワセミ」「ニホンリス」のように種名が書いてあるのに、その一体だけ、種名がない。代わりに人の名前と、日付が記されていた。
仮に書くと、「山田太郎 二〇一八年三月十二日」みたいな感じ。もちろん本当の名前は違う。男性の名前だった。
Bさんが台帳をもう一度最初からめくった。その名前は台帳のどこにも出てこない。番号もふられていない。
Bさん「Tさんの知り合いの名前とか? 寄贈された剥製かもしれんな」
俺もそう思った。蒐集家同士で剥製を交換したり贈り合ったりすることはあるらしいから、贈り主の名前を書いたのかもしれない。Bさんはスマホで甥御さんに連絡を取って、その名前に心当たりがないか聞いてくれた。甥御さんは「聞いたことがない」と言った。
とりあえず写真を撮って記録に残し、その日の作業は終わった。
翌日。四日目。俺はもう一度、奥の部屋で剥製の状態を確認する作業をしていた。Bさんは別の部屋で大型家具の搬出を業者と打ち合わせていて、俺は一人だった。
昨日と同じように台帳と棚を照合していく。八十七番まで確認。そして八十七番の横を見ると、やっぱりあの「名前の札」の小鳥がいる。
でも、何かが違った。
俺は自分の記憶違いかと思った。昨日、あの小鳥は八十七番の右隣にいたはずだ。でも今日は、八十七番の左隣にいる。棚の端のほうに移動している。
いや、Bさんが動かしたのかもしれない。写真を撮る時に場所を変えたとか。そう思って気にしないことにした。
ただ、念のためにもう一度全部を数えた。一から順に指さしで。
八十八。
台帳は八十七。棚は八十八。差は一。昨日と同じ結果。
会話の内容も、覚えてるものを書いてるのでかなり乱文かもしれません。すみません。
問題はここからだった。数え終えて、ふと棚全体を見渡した時、俺は妙なことに気づいた。
八十八体目の小鳥の反対側、棚の一番右下の隅に、もう一体。
台座に乗った小さな剥製があった。これも小鳥。でも昨日は絶対になかった。
白い札がついている。そこに書かれていたのも、種名ではなく人の名前と日付だった。
八十九。
📺 関連映像: 怪談 剥製 蒐集家 実話 — YouTube で検索
増えていく「名前の札」
俺はすぐにBさんを呼んだ。Bさんも棚を見て、しばらく黙った。
Bさん「昨日は確かに八十八だったよな。一体多いって話だったよな」
俺「はい。今日は八十九です」
Bさんは新しい一体の札を確認した。やはり人名と日付。名前は昨日のものとは違う別の人物。日付も違う。
Bさんは遺品整理を十年以上やってるベテランで、いわゆる「事故物件」も何度も経験している人だけど、さすがに表情が硬かった。
Bさん「ちょっと待て。俺、昨日写真撮ったよな」
スマホの写真を確認する。昨日撮った棚の全景写真。画質が荒いけど、棚の右下の隅には何もない。八十八体目の小鳥は八十七番の横にある。それだけ。
今日、目の前の棚には八十九体いる。
Bさんが甥御さんに改めて電話した。二つ目の名前にも心当たりがないという返事。甥御さんは少し困惑した声で、「叔父は晩年、人付き合いがほとんどなかった。知らない名前ばかりです」と言った。
その日は早めに作業を切り上げた。帰り道、Bさんが運転しながらぽつりと言った。
Bさん「あの名前さ、ちょっと調べてみるわ」
翌朝、Bさんから電話が来た。声がいつもと違った。低くて、慎重な声。
Bさん「一個目の名前、調べた。同姓同名かもしれんけど、その名前の人、札に書いてあった日付の近くに亡くなってる。新聞のお悔やみ欄に出てた」
空気が止まった気がした。
Bさん「二個目はまだ調べてない。調べたくない気持ちもある」
俺は正直に言う。あの部屋にもう入りたくなかった。でもBさんは仕事として請け負っている以上、途中で投げ出すわけにいかないと言った。
五日目。俺たちは二人で奥の部屋に入った。
棚を見た。数えた。九十。
また一体増えていた。同じように、白い札。人の名前と日付。
Bさんは何も言わなかった。ただ台帳を開いて、最後のページを確認した。台帳は八十七で終わっている。その先のページは白紙。Tさんが生前に書いた記録は八十七で止まっている。
でも棚には九十体の剥製がある。そして増えた三体すべてに、種名ではなく人名が記されている。
Bさんがその場で甥御さんに連絡し、事情を説明した。甥御さんは長い沈黙のあと、こう言った。
「全部処分してください。棚も、台帳も。叔父が何をしていたのか、僕は知りたくありません」
Photo by Oleksandr Akulenko on Unsplash
それから起きたこと
Bさんは知り合いの、そういう案件に詳しいお寺の住職に相談した。住職は現場に来てくれて、部屋を見て、しばらく考え込んでいた。
住職が言ったのは、「名前の札がついているものは、供養してから処分したほうがいい」ということだった。剥製そのものが呪物だとか、そういう断定はしなかった。ただ、「縁のあるものだから、丁寧に扱いなさい」と。
供養の日、俺も立ち会った。住職が読経している間、俺は棚を数えた。癖になっていた。
九十二。
二日間で、また二体増えていた。
住職は読経を終えた後、札を一枚ずつ剥がして、別の袋に入れた。その時、俺はちらっと札に書かれた名前を見た。五枚目の札。増えた五体目の札に書かれていた名前は女性のもので、日付はつい最近のものだった。
供養が終わり、剥製はすべて住職が引き取ってくれた。棚は解体して処分した。台帳はBさんが預かった。
それから数日して、Bさんから連絡があった。
Bさん「五枚目の名前、調べた。同姓同名の女性が、あの日付の前後に亡くなってる。事故だったみたいだ。Tさんとの接点は見つからない」
俺はそれ以上聞かなかった。聞きたくなかった。
一つだけ、今でもわからないことがある。
Tさんは去年の八月に亡くなっている。台帳は八十七体で終わっている。でも増えた剥製の札に書かれた日付は、Tさんが亡くなった後のものだった。
Tさんがいなくなった後も、あの部屋では何かが続いていた。
あれが何だったのか、正直わからない
Bさんは今も遺品整理を続けている。あの現場の後、Bさんは少しだけ痩せた。体調を崩したわけじゃないらしいけど、食欲が落ちたと言っていた。俺はあれ以来、Bさんの仕事を手伝うのを少し減らした。怖いからじゃなくて、なんというか、あの部屋の冷たい空気と薬品の匂いが、ふとした瞬間に蘇ってくるのが嫌だった。
台帳はBさんがまだ持っている。捨てられないと言っている。住職にも相談したらしいけど、「台帳自体には何もないから、気になるなら持っておきなさい」と言われたそうだ。
俺が一番気になっているのは、あの剥製が本当に「増えて」いたのかどうかということ。もしかしたら最初から九十二体あって、俺たちが数え間違えていただけかもしれない。でもBさんが撮った写真には、初日は確かに棚の隅が空いていた。五日目の写真では埋まっている。写真は嘘をつかない。
名前の札に書かれていた人たちが、Tさんとどんな関係だったのか。なぜ種名ではなく人名だったのか。なぜ日付と死亡時期が一致するのか。Tさんが亡くなった後も増え続けていたのはなぜか。
何もわからない。
皆さんに判別してほしいんです。似たような話を聞いたことがある人、蒐集家の風習に詳しい人、何でもいいので教えてほしい。
長文失礼しました。読んでくれてありがとう。
もっと深く知りたい人向け
この話を読んで「蒐集」と「怪異」の交わる領域に興味を持った人には、以下の本をおすすめしたい。
『蒐集奇談』(東雅夫 編、平凡社ライブラリー)は、古今東西の「集める」行為にまつわる怪異を集めたアンソロジー。蒐集家の執念が生む怪談の系譜を俯瞰できる一冊。
『驚異の部屋 京都大学ヴンダーカンマー』(京都大学総合博物館、青幻舎)は、博物学の標本室がどのように成り立ち、何を「保存」してきたのかを豊富な図版で見せてくれる。剥製や骨格標本の美しさと不気味さの境界線を体感できる。
『日本怪談集 奥座敷の怪』(今野圓輔、中公文庫)は、家の奥まった部屋で起きる怪異を集めた古典的な怪談集。「開かずの間」「蔵の中」など、閉ざされた空間に潜む恐怖を扱った話が多く、今回の話と通じるものがある。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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蒐集奇談
東雅夫 編 / 平凡社ライブラリー
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日本怪談集 奥座敷の怪
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