世界怪奇録
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2026-06-05その他

虫送りの夜、藁人形に「目」が現れた話──信州の山村で私が背負ったもの

虫送りの実盛さまを川へ送る夜道、背後にもうひと組の足音が鳴った。振り返れぬまま辿り着いた先で、藁人形の顔に描かれていたもの。

虫送りの夜、藁人形に「目」が現れた話──信州の山村で私が背負ったもの
Photo by Zhuo Cheng you on Unsplash

あの夜、私の背中にいたのは実盛さまだけではなかった

去年の夏、母方の実家がある信州の山村に帰った時のことです。

あまり具体的な地名は出せません。集落の人口が少なくて、書けば特定されてしまうので。仮にT集落とします。母はそこで生まれ育ち、私も幼い頃は夏休みのたびに預けられていた場所です。

今年はもう行けないかもしれない。というのも、祖母が昨年の秋に亡くなり、実家を片付ける用事がなくなったからです。だから余計に、去年の夏に起きたことを誰かに話しておきたくて、ここに書くことにしました。

長文です。文才もないし、途中で時系列がぐちゃぐちゃになるかもしれません。許してください。

あの夜、私が体験したことを一言で言うなら、「虫送り」という行事の最中に、藁で作った人形を背負って川まで歩いた。ただそれだけのことです。ただそれだけのことなのに、帰ってきたあと、人形の顔に、なかったはずの「目」が描かれていた。そして翌朝、家の戸口に裸足の足跡があった。

会話の内容も、覚えてるものをなるべくそのまま書いてるので、かなり乱文かもしれません。

misty rural village japan summer night Photo by Enzo Kazdal on Unsplash

虫送りの実盛さま

虫送り、という行事を知っている人はどれくらいいるでしょうか。

ざっくり言うと、稲につく害虫を追い払うための農村行事です。松明や提灯を持って田んぼの畦道を練り歩き、虫を村の外へ「送り出す」。地域によっては太鼓や鉦を鳴らしたり、歌を歌ったりもします。全国各地にあった行事ですが、今は過疎化で途絶えたところも多い。T集落では、数年に一度、人が集まれる年だけ細々と続けていました。

この虫送りには「実盛さま」がつきものです。実盛というのは、源平合戦で討ち死にした斎藤別当実盛のこと。加賀の篠原で稲の切り株に足を取られて転び、そこを討たれたとされる武将で、その無念が稲の害虫になったという伝説があります。だから害虫を祓うために実盛の藁人形を作り、村の外へ送り出す。それが「虫送りの実盛さま」です。

T集落の実盛さまは、他の地域のものと少し違っていました。

まず、目がない。

普通、藁人形には墨で顔を描くことが多い。目、鼻、口。でもT集落の実盛さまには、鼻と口だけが描かれていて、目の部分は空白のままにする決まりでした。祖母に理由を聞いたことがあります。祖母は「目ぇ描くと見えるようになるでな」とだけ言いました。何が見えるのか、とは聞けなかった。祖母の口調が、それ以上聞くなという空気だったので。

もうひとつ。送りの道中、絶対に振り返ってはいけない。これはT集落だけの決まりではなく、虫送り全般に共通するルールだと後で知りました。でもT集落では特に厳しく言われていた。祖母だけでなく、集落の年寄り全員が口を揃えて「後ろを見るな」と言う。

去年の夏。私はその実盛さまを、背負って川まで運ぶ役を引き受けることになりました。

old straw doll dark japanese folk craft Photo by nylon on Unsplash

あの夜の道

集落に着いたのは八月の第二週、お盆の少し前でした。

祖母の遺品整理の手伝いで、母と二人で来ていた。虫送りがあると聞いたのは到着した翌日。集落の世話役をしているYさん(仮名)が祖母の家に来て、母に話をしていきました。

Yさん「今年はな、人が足りんのよ。若いのが来とるなら、実盛さまの担ぎ手、頼めんか」

母は少し渋った顔をしていました。でも私は二つ返事で引き受けてしまった。子供の頃に遠くから見ていた虫送りに、まさか自分が参加できるとは思っていなかったので、正直うれしかった。母が「ほんとに大丈夫なの」と何度も聞いてきたのを、今になって思い出します。

当日。午後からYさんの家の庭先で実盛さまを作りました。骨組みは竹、胴体と手足は藁。等身大よりやや小さいくらいで、背負えるサイズです。Yさんの奥さんが鼻と口を墨で描き入れた。目の部分には、やはり何も描かなかった。

夕方になると、集落の人が少しずつ集まってきた。全部で十二人ほど。松明を持つ人、鉦を叩く人、歌を歌う人。私は実盛さまを背中に括りつけて、列の一番後ろにつきました。

日が落ちると、田んぼの上に薄い霧が出ていた。松明の火が霧に滲んで、視界がぼんやりとオレンジ色に染まる。足元は畦道で、土が湿っていて、草履の裏がぬちゃぬちゃと鳴る。空気の匂いが変わった。昼間の乾いた夏草の匂いから、水と泥と、かすかに鉄っぽい匂いに。

鉦の音が始まると、列がゆっくり動き出しました。

カン、カン、カン。

前を歩く老人たちが低い声で歌を歌っている。歌詞は聞き取れなかった。節回しだけが、霧の中をうねるように流れてくる。

私は実盛さまの重みを背中に感じながら、前だけを見て歩いた。藁の匂いが首筋にまとわりつく。人形の腕が歩くたびに私の肩を叩くように揺れる。生きているわけがないのに、その動きが妙に生々しくて、何度も肩越しに確認したくなった。

でも振り返ってはいけない。

そう自分に言い聞かせながら、田んぼの間の細い道を進んでいた、その時です。

後ろから、足音が聞こえた。

📺 関連映像: 虫送り 実盛 祭り 信州 民俗行事 — YouTube で検索

背後の足音

最初は気のせいだと思いました。

自分の足音が畦道に反射しているのだろう、と。でも違う。私の足音はぬちゃぬちゃという湿った音なのに、後ろから聞こえるのは、ぺた、ぺた、という乾いた音だった。

裸足の音。

それも、私が一歩踏み出した直後に、半拍遅れてぺた、と鳴る。立ち止まると、少し遅れて止まる。歩き出すと、また鳴り始める。

列の最後尾は私のはずでした。Yさんにもそう言われていた。「お前さんが殿(しんがり)だで、後ろには誰もおらんよ」と。

背中の実盛さまの重みが、さっきより増している気がした。気のせいだ。藁が夜露を吸って重くなっただけだ。そう思おうとしたけれど、肩に当たる人形の腕の動きが、さっきまでと違う。歩くリズムに合わせて揺れるのではなく、こう、何というか。しがみつくように動いている。

汗が背中を伝った。八月の夜なのに、首の後ろだけがひんやりと冷たい。

前を歩くおばあさんの背中だけを見つめて、歩き続けた。鉦の音が遠くなったり近くなったりする。歌声が霧に吸い込まれて、時々ふっと無音になる瞬間がある。その無音の隙間に、ぺた、ぺた、という音がはっきりと聞こえる。

どれくらい歩いたのか分かりません。体感では一時間くらいだったけれど、あとで聞いたら三十分程度だったそうです。

川に着きました。

集落の外れを流れる小さな川で、幅は三メートルもない。ここで実盛さまを川に流す。それが虫送りの締めくくりです。

背中の括りを解いて、実盛さまを下ろそうとした時。Yさんが松明をこちらに向けて、一瞬、顔色を変えた。

Yさん「おい。目ぇ。目ぇがある」

何を言っているのか、すぐには分からなかった。

Yさんが指差す先を見た。実盛さまの顔。夕方に確認した時には、鼻と口だけだったはずの藁の顔に、二つの黒い丸が描かれていた。墨で描いたような、濡れたような黒。

目だった。

abandoned japanese shrine night fog lantern Photo by mos design on Unsplash

翌朝の足跡

川に実盛さまを流した後のことは、あまりよく覚えていません。

Yさんが何か祝詞のようなものを唱えて、他のお年寄りたちが手を合わせて、それから皆で集落に戻った。帰り道は行きと同じ畦道のはずなのに、やたらと短く感じた。あの足音は、もう聞こえなかった。

家に帰ると母が起きて待っていました。私の顔を見て「何かあったの」と聞いてきたので、実盛さまに目が現れていたことを話した。

母は黙って聞いていた。それから、ぽつりと言った。

母「ばあちゃんもね、昔、同じこと言ってた」

詳しく聞こうとしたけれど、母はそれ以上何も言わなかった。「もう寝なさい」とだけ言って、自分の部屋に引っ込んでしまった。

翌朝。

私が先に起きて、戸口の引き戸を開けた。朝日が差し込んで、土間のたたきがよく見えた。

そこに足跡があった。

裸足の足跡。大人の足よりやや小さく、泥がついている。戸口から上がり框まで、五歩分。そこでぷつりと途切れている。上がり框から先の板の間には、何もない。

足跡は外から中に向かっていた。中から外ではなく。

家の中には母と私しかいない。二人とも靴下を履いて寝ていたし、夜中に外へ出た記憶もない。

Yさんに電話で報告すると、少し間があってから「塩撒いとけ」と言われた。それだけだった。

その日のうちに、私は母と一緒にT集落を出ました。予定より二日早い帰宅でした。

車のバックミラーに映る集落の風景が小さくなっていく時、母が助手席で小さく呟いた。

母「ばあちゃんの時は、三日続いたって」

何が三日続いたのか。聞いたけれど、母は目を閉じて寝たふりをしていた。

empty old house dust footprints entrance Photo by Nathan Wright on Unsplash

実盛伝説と虫送りの闇

帰宅してから、気になって調べました。

斎藤別当実盛は実在の人物です。源平の時代、木曽義仲の軍勢と戦い、加賀国篠原(現在の石川県加賀市あたり)で討ち死にした老武者。白髪を黒く染めて出陣したという話は『平家物語』にも出てくる。その無念が害虫に転じたという伝説は、東日本を中心に広く分布しています。

能の演目にも「実盛」があり、加賀の篠原で草刈り男の前に実盛の霊が現れるという筋立てです。無念の死を遂げた武将の怨霊が、稲を食い荒らす虫になる。だから藁人形を作って丁重に送り出し、鎮めるという信仰。合理的に考えれば、松明の火で実際に虫を追い払う効果もあったのでしょう。

でもT集落の虫送りには、他の地域にはない独特の要素がありました。

目を描かない。振り返ってはならない。

この二つの禁忌は、民俗学的に見ると「依り代」の扱いに近い。藁人形に目を入れないのは、魂が宿る入り口を塞いでおくためだと考えられます。目は古来、魂の出入り口とされてきた。仏像の開眼供養がそうであるように、目を入れることは命を吹き込む行為に等しい。

だとすれば、あの夜、実盛さまに「目」が現れたということは。

何かが、入った、ということになる。

振り返ってはならないという禁忌も、日本神話のイザナギの黄泉下りや、ギリシャ神話のオルフェウスを思い出させます。死者の世界と生者の世界の境界で、振り返ることは境界を壊す行為。あの畦道は、ただの農道ではなく、何かの境界だったのかもしれません。

裸足の足跡についても調べました。民俗学者の柳田國男は、来訪神(まれびと)が裸足で家を訪れるという伝承を各地で採集しています。秋田のナマハゲも、沖縄のマユンガナシも、訪れる時は裸足か素足。T集落の戸口に残されていたものが何だったのか。虫送りで「送り出した」はずのものが、戻ってきたのか。それとも、送り出す過程で別の何かを連れてきてしまったのか。

あれから一年近く経ちますが、特に変わったことは起きていません。ただ、たまに夜中に目が覚めると、ぺた、ぺた、と裸足の足音が聞こえる気がする。気のせいだと思っています。思いたい。

dark rice field path fog summer night Photo by Nurul Roy Saleh on Unsplash

何が分かっていて、何が分かっていないか

分かっていることを整理します。

虫送りは実在の行事で、今も各地で行われている。実盛さまの藁人形を作ること、松明を持って練り歩くこと、川や村境に送り出すこと。これらは民俗学的に広く記録されている事実です。

T集落の虫送りに「目を描かない」「振り返ってはならない」という独自の禁忌があったこと。これは私と母の証言しかありません。祖母はもういない。Yさんに改めて聞こうとしましたが、電話に出てくれなくなりました。

実盛さまの顔に目が現れていたこと。これはYさんも目撃しています。ただ、暗闘の中で松明の明かりだけで見たものなので、最初から描かれていたのを私が見落としていた可能性もゼロではない。でもYさんの奥さんが描いたのは鼻と口だけだった。それは夕方、明るい場所で確認している。

翌朝の足跡。これは母も見ている。写真は撮っていない。ホントにバカだったと思います。今ならスマホですぐ撮るのに、あの時は撮るという発想すらなかった。怖くて。

結局、あの夜に何が起きたのか。私の背後で足音を鳴らしていたのは誰だったのか。実盛さまの目は誰が描いたのか。戸口の足跡は誰のものだったのか。

何ひとつ分かっていません。

母に聞いても「ばあちゃんが生きてたら分かったかもね」と言うだけ。祖母が知っていたことは、祖母と一緒に消えてしまった。T集落の虫送りも、来年にはもう行われないかもしれない。人がいないから。

もし同じような体験をした方がいたら、教えてほしいです。虫送りの夜に、背後で足音を聞いた人。藁人形に変化があった人。何でもいいので。

長文読んでくれた方、ありがとうございました。

出典: the-mystery.org「虫送りの実盛さま」

もっと深く知りたい人向け

虫送りや実盛信仰について興味を持った方に、いくつか本を挙げておきます。

『日本の祭り大図鑑』(芳賀日出男、小学館)は全国の祭りを写真付きで網羅していて、虫送りの項目も充実しています。映像で見ると松明の行列の迫力が伝わるので、入門としておすすめ。

柳田國男の『遠野物語・山の人生』(岩波文庫)は、来訪神や山の怪異に関する古典的テキスト。裸足の足跡、送りの行事、境界の概念を考える上で外せない一冊です。

『信州の民俗』(田中芳男、信濃毎日新聞社)は長野県の民俗行事を地域別にまとめた資料で、虫送りの地域差についても記述があります。T集落のような小規模集落の行事は、こうした地方出版物にしか記録が残っていないことが多い。

今野圓輔の『日本怪談集 奥州ばなし』(中公文庫)は東北の怪談を中心にまとめたものですが、農村行事にまつわる怪異譚も収録されていて、虫送り系の話に通じるものがあります。


本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。

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