昭和三十四年、九州の炭鉱で「数が合わない夜」に箱の底から出てきたもの
炭鉱の札場で木札を数えていた男が六十年間誰にも言えなかった、番号のない釘と黒い札の話。
六十年、誰にも言わなかった理由
祖父が死ぬ三年ほど前のことです。
正月に親戚が集まって、酒の席でなんとなく怪談の話になった。テレビで心霊特集が流れていたからだと思います。子供たちがキャーキャー騒いで、大人たちも「俺も昔な」なんて笑いながら話していた。普通の、どこにでもある正月の風景です。
祖父はずっと黙って聞いていました。八十を過ぎてからはほとんど喋らなくなっていたので、誰も気にしていなかった。
でも、宴がお開きになって皆がそれぞれの部屋に引き上げた後。台所で洗い物をしていた母のところに祖父がやってきて、ぽつりと言ったそうです。
「わしも一つだけ、ある」
母は手を止めた。祖父がそんなことを言うのは初めてだったから。
「書いてくれんか。わしはもう字が書けん。誰かに残しとかんと、あのまま忘れられる」
それから三晩かけて、母が祖父の話を聞き取りました。私がその「聞き取りノート」を見つけたのは祖父の葬儀の後、遺品整理をしている時です。大学ノートに母の字でびっしり書いてあった。
長文です。文才もないし、祖父の言葉を母が書き取ったものを、さらに私が打ち直しているので、伝言ゲームみたいになっているかもしれません。でも、できるだけそのまま書きます。
あのノートを読んだ夜、私は一睡もできなかった。怖かったからではありません。怖くなかったから怖かった。祖父と同じことが、読んだ私にも起きたんです。
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昭和三十四年、札場という仕事
祖父は昭和三十四年、九州の炭鉱町にいました。
地名は母のノートにも書いてありません。祖父が最後まで言わなかったそうです。「筑豊のどこか」としか。当時、祖父は二十代の半ば。坑内で石炭を掘る仕事ではなく、「札場」の番をしていた。
札場というのは、坑口の横にある小屋のことです。板壁に釘がずらっと打ってあって、一本の釘に一枚の木札がかかっている。朝、坑夫が坑内に降りるとき、自分の番号の札を裏返す。帰ってきたら元に戻す。つまり、札が裏になっている数がそのまま「今、地下にいる人間の数」になる。
万が一、落盤やガス爆発が起きたとき、地上にいる人間がすぐに「何人が中にいるか」を把握するための仕組みです。命綱のようなものだった。
祖父の仕事は、この札を数えること。朝と晩、入坑と出坑のたびに数を合わせる。合わなければ大騒ぎになる。誰かが中に取り残されているかもしれないから。
「単純な仕事だ。でも絶対に間違えてはいかん仕事だった」と祖父は言ったそうです。
札は全部で百二十枚ほど。坑夫の数に合わせて増減する。使わなくなった札は小屋の隅に置いてある木箱に入れる。新しく来た坑夫には、空いている番号の札を渡す。
ここまでは、ただの仕事の説明です。
問題は、板壁の釘のことでした。
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番号のない釘
百二十何本かの釘は、それぞれ番号が振ってあります。壁に直接墨で書いてある。一番から順に、ずらっと。
でも一本だけ、番号のない釘があったそうです。
壁の右端の、いちばん下。他の釘と同じように打ってあるけれど、その上に番号がない。札もかかっていない。ただ錆びた釘が一本、壁から突き出ているだけ。
祖父は最初、気にしなかった。打ち損じだろうと思った。古い小屋だから、前の番人が適当に打った釘が残っているだけだろう、と。
ただ、妙なことが一つあった。
その釘だけ、他の釘より深く打ち込まれている。頭がほとんど壁にめり込んでいて、札をかけようと思ってもかけられないくらい。まるで「ここには何もかけるな」と言っているような打ち方だった。
祖父は先輩の番人に聞いたことがある。あの釘は何ですか、と。
先輩は一瞬だけ祖父の顔を見て、それからまた帳簿に目を落として言った。
「触るな」
それだけ。理由は言わない。祖父も深く聞かなかった。炭鉱というのはそういう場所で、理由を聞いてはいけないことがいくつもあったから。山の神は女だから女を坑内に入れるな。朝、坑口で口笛を吹くな。ネズミが走り出したら逃げろ。そういう「言い伝え」に理屈を求める人間はいなかった。
だから祖父は、あの釘のことを忘れた。忘れたつもりだった。
あの晩までは。
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数が、合わない
それは秋の終わり頃の夜だったと、祖父は言っています。
夕方の出坑が終わって、最後の坑夫が上がってきた。祖父はいつものように札を数えた。全員が戻っていれば、裏返っている札はゼロになるはず。
一枚、裏のままだった。
祖父は数え直した。もう一度。もう一度。三度数えて、やっぱり一枚、裏返っている。
番号は六十七番。
帳簿を見た。六十七番は、その日入坑していない。朝の記録にも名前がない。つまり、朝の時点で札は表のままだったはず。なのに今、裏になっている。
祖父は坑口の見張りに確認した。最後に上がってきたのは誰か。人数は合っているか。見張りは「全員出た。間違いない」と言った。
おかしい。朝は表だった札が、夕方には裏になっている。でも六十七番の坑夫は今日、坑内に降りていない。
誰かのいたずらか。あるいは自分の記憶違いか。
祖父は六十七番の札を表に戻した。それでいったん帳簿を締めた。
それから、ふと思い出した。
箱だ。使われなくなった札を入れておく、あの木箱。何か手がかりがあるかもしれないと思って、蓋を開けた。
箱の中には、予備の札が十数枚、無造作に重なっていた。祖父はそれを一枚ずつ取り出して確認した。番号を読み上げながら、帳簿と照合していく。
箱の底に、一枚だけ、色の違う札があった。
他の札は白っぽい木の地肌がそのまま見えているのに、その一枚だけ黒かった。墨を塗ったように真っ黒。表も裏も。番号は書いてあったのかもしれないが、黒すぎて読めない。
祖父はその札を手に取った。
持った瞬間のことを、祖父はこう言っています。
「冷たかった。木なのに、鉄みたいに冷たかった。それと、重い。同じ大きさの札の、三倍くらい重く感じた」
普通なら、ここで怖くなる。異様な札。番号のない釘。数が合わない夜。全部が繋がっている気配がする。
でも祖父は怖くなかったそうです。
まったく、少しも、怖くなかった。
それが一番おかしいんだ、と。母のノートにはそう書いてある。祖父は何度もそこを強調したらしい。「怖くなかったことが、おかしいんだ」と。
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あの釘にかけたくなった
ここからの祖父の話は、母の字が少し乱れています。急いで書き取ったのか、それとも母自身が動揺していたのか。
黒い札を手に持ったまま、祖父はなぜか立ち上がっていた。そして壁の方を向いていた。
板壁の、右端の、いちばん下。番号のない釘。
かけたい。
そう思ったそうです。この黒い札を、あの釘にかけたい。理由はない。ただ、かけるべきだという確信だけがあった。まるで最初からそうすることが決まっていたかのように、足が動いて、手が伸びていた。
でも札の穴が、釘に入らなかった。
さっき書いた通り、あの釘は深く打ち込まれていて、頭がほとんど壁にめり込んでいる。札をかけようにも引っかからない。
祖父はしばらくそこに突っ立っていたそうです。どれくらいの時間かはわからない。
次に意識がはっきりしたのは、誰かに肩を叩かれた時だった。
先輩の番人だった。交代の時間でもないのに来ていた。
先輩は祖父の手から黒い札を取り上げて、箱に戻した。箱の蓋を閉めて、その上に帳簿を重ねた。
そして祖父にこう言った。
「お前、なんも覚えとらんな」
祖父は頷いた。事実、自分が何をしていたのかよくわからなかった。
先輩は祖父を小屋の外に出して、冷たい空気を吸わせた。秋の終わりの、山から降りてくる風が頬にあたって、そこでようやく祖父は「今、自分は何かおかしなことをしようとしていた」と気づいた。
先輩は煙草に火をつけて、一本だけ祖父にもくれた。二人でしばらく無言で吸っていた。
やがて先輩が言った。
「あの釘にかけたら、一人増える」
「増える?」
「坑内の数が、一人増える。朝降ろした人数より、一人多くなる」
「それは…」
「誰も帰って来んくなる。一人分、数が合わんくなる。合わせようとして降りた奴も、帰って来ん」
祖父はそれ以上聞けなかった。先輩も、それ以上は言わなかった。
翌朝から、祖父は札場の番を外されたそうです。別の部署に移された。理由は告げられなかった。
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六十年後のノートと、私に起きたこと
祖父がこの話をしたのは、死ぬ三年前の正月の一度きりです。
母が聞き取った三晩の間、祖父は同じことを何度も繰り返し言ったそうです。「怖くなかった。それが一番おかしい」と。
あの黒い札は何だったのか。番号のない釘は何のためにあったのか。先輩が言った「一人増える」とはどういう意味だったのか。
祖父は答えを持っていませんでした。先輩にも二度と聞けなかった。翌年、その炭鉱は閉山している。先輩がどこへ行ったかも知らない。
母のノートはA4の大学ノートで、二十ページほど使われていました。最後のページに、母自身のメモがある。こう書いてあった。
「お父さんがこの話をした夜、私もぜんぜん怖くなかった。おかしい。こんな話を聞いて怖くないわけがないのに。翌朝になってから急に怖くなった」
私がこのノートを読んだのは葬儀の翌週です。
読みながら、私も同じことを感じていました。
怖くない。
古い炭鉱の、番号のない釘。黒い札。数が合わない夜。先輩の警告。どれも異常な話なのに、読んでいる間、心拍数が上がらない。手も震えない。ただ淡々と文字を追っていた。
翌朝、目が覚めた瞬間に全身が総毛立ちました。
布団の中で、自分が昨夜読んだ内容を思い出して、初めて恐怖が来た。遅れて。一晩遅れて。
祖父も、母も、同じだった。
この話には何かある。聞いている間、読んでいる間は怖くならない。終わってから、時間が経ってから、急に来る。
皆さんはどうですか。今、これを読んでいて、怖いですか。
もし怖くないなら。明日の朝、気をつけてください。
祖父が六十年黙っていた理由が、たぶんそれです。「話した相手に、同じことが起きるかもしれない」と思っていたんじゃないか。母のノートの最後のページ、メモの下にもう一行だけ書いてあったんです。母の字で。
「これ以上、誰かに話したらいかんのかもしれん」
私はそれを読んで、でもこうして書いてしまいました。
アレが何だったのか、わかる人がいたら教えてほしいです。炭鉱の歴史に詳しい方、民俗学をやっている方、似たような話を聞いたことがある方。何でもいいので。
長文失礼しました。読んでくださってありがとうございます。
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もっと深く知りたい人向け
炭鉱の歴史や、山にまつわる民俗信仰について掘り下げたい方へ。
『筑豊・軍艦島 炭鉱についた嘘』(林えいだい、岩波書店)は、筑豊炭田の裏面史を丹念に追ったルポルタージュ。札場の仕組みや坑夫たちの日常が生々しく記録されています。
『炭鉱(ヤマ)に生きる 地の底の人生記録』(上野英信、岩波新書)は、自ら炭鉱に入って労働者と暮らした記録作家による古典的名著。坑内の空気の匂い、ガスの恐怖、仲間を失う日常が淡々と綴られていて、祖父が生きていた世界の手触りが少しだけわかる気がします。
『忘れられた日本人』(宮本常一、岩波文庫)は、日本各地の「語られなかった人々」の聞き書き集。炭鉱に限らず、こうした口伝えでしか残らない話がどれほどあったのかを思い知らされます。
『現代民話考』(松谷みよ子、ちくま文庫)は、昭和の日本各地から集められた実話怪談・民話の集成。鉱山や炭鉱にまつわる不思議な話もいくつか収録されています。
本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。
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