世界怪奇録
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2026-06-02都市伝説

固く蓋をした古井戸の底に「若い自分」が立っていた話

ダムに沈んだ村の跡地で深夜清掃をする七十代の女性が、封じられた井戸の底に見たものとは。時空のねじれが残す静かな余韻。

固く蓋をした古井戸の底に「若い自分」が立っていた話
Photo by Justin Dream on Unsplash

嫁いだ頃の自分が、井戸の底にいた

漁師の家系で育ちました。

いや、すみません。正確に言うと、もとは漁師が多い海辺の地域の出身です。ただ私の実家は山間の集落で、漁ではなく炭焼きの家でした。

七十代も半ばになった今、なぜこんなことを書いているのかと言いますと、孫がこういうサイトを見ているんです。「ばあちゃんのあの話、書いてみたら」と言われまして。文才もないので読みにくいかもしれません、許してください。ただ、あの日見たものが何だったのか、ずっと胸に引っかかっていて。誰かに聞いてほしい、いえ、どなたかに判別してほしいんです。

私はダムに沈んだ村の跡地に建っている道の駅で、深夜の清掃の仕事をしています。夜の十時過ぎに入って、朝の五時前に上がる。静かな仕事です。車の往来もほとんどなくなった山あいの道の駅は、蛍光灯の下でも妙に暗くて、特に駐車場の隅のほうなんかは街灯の光が届かない。

その道の駅の裏手に、古い井戸がひとつあるんです。

コンクリートで固く蓋がされていて、その上にさらに重い石が載せてある。道の駅が建設された時に完全に封じたもので、使われていた頃のことを知っている人は、もうこの辺りにはほとんどいません。ただ私は知っていました。あの井戸のことを。

abandoned stone well dark forest japan Photo by David Brooks on Unsplash

Tさんの仕事場、ダムに沈んだ村のこと

私のことをTとさせてください。

Tが嫁いだのは二十歳の時です。嫁ぎ先は今の道の駅がある場所から車で三十分ほど山を下った町でしたが、もともとTの実家があった集落は、ダム建設によって水没しています。昭和の半ば頃の話です。集落の人々は補償金を受け取って散り散りになりました。Tの両親も別の町に移り、T自身は嫁いだ先でそのまま暮らしてきた。

数十年が経って夫を亡くし、子供たちも独立して、Tは体を動かすために道の駅の清掃を始めました。

この道の駅は、ダム湖の上流側、水没を免れたぎりぎりの高台に建っています。もともとは集落の共有地だった場所で、Tが子供の頃に遊んだ記憶がうっすら残っている。井戸のことも覚えていました。集落の女たちが洗い物をしたり、夏には西瓜を冷やしたりしていた共同の井戸。今はコンクリートで塞がれて、その存在すら知る人がいない。

深夜の清掃は基本的にひとりです。

トイレの掃除、自動販売機まわりのゴミ拾い、駐車場の落ち葉掃き。季節によっては雪かきもある。慣れてしまえばどうということはない仕事なんですが、やはり深夜の山あいというのは独特の空気があります。鹿の鳴き声が谷に反響して、最初の頃は何度もびくっとしました。湿った土と落ち葉の匂いが、夜になるといっそう濃くなる。

何ごともなく二年ほどが過ぎました。

misty rural mountain village japan night Photo by Victor Lu on Unsplash

釣瓶の音が聞こえた夜

あれは秋の終わり頃でした。

十一月の、風のない夜。気温は五度くらいまで下がっていたと思います。駐車場には長距離トラックが二台だけ停まっていて、運転手さんは仮眠中。道の駅の建物の照明は半分落としてあって、自動販売機の明かりだけがやけに白く光っていた。

トイレ掃除を終えて裏手に回った時です。

ぎい、と音がしました。

最初は建物の軋みかと思いました。古い木造ではないんですが、山の建物は温度差で鳴ることがある。でも次の瞬間、ちゃぽん、という水音がして、Tは足を止めました。

ぎい。ちゃぽん。ぎい、ぎい。ちゃぽん。

釣瓶を使ったことがある人なら分かると思います。滑車に縄をかけて、桶を井戸の底まで下ろして、水を汲み上げる。あの一連の音です。滑車が回るぎいという軋み、桶が水面に着いた時のちゃぽん。それが規則正しく、ゆっくりと繰り返される。

音は裏手の、あの古井戸の方角から聞こえていました。

コンクリートで封じてある井戸です。釣瓶なんてとっくに撤去されている。滑車も縄もない。それなのに、確かに水を汲む音がする。Tは怖いというよりも、懐かしいような、不思議な気持ちになったそうです。

「あの音を聞いたのは何十年ぶりだろうと思ったんです。子供の頃、母親が朝早くに水を汲む音で目が覚めた。あの音とまったく同じでした」

Tはモップを握ったまま、ゆっくりと井戸のほうへ歩きました。

📺 関連映像: 古井戸 怪談 実話 不思議体験 — YouTube で検索

蓋の隙間から覗いた井戸の底

近づくと、音はぴたりと止みました。

風はない。虫の声もない。十一月の山の夜は、音という音を吸い込んでしまったかのように静かです。コンクリートの蓋の上に載せてある石は動いていない。蓋にもひび割れはない。ただ、蓋と井戸の縁石の間に、ほんの数ミリの隙間があるのをTは前から知っていました。

ここで普通なら引き返すでしょう。T自身もそう思ったそうです。でも足が動かなかった。懐かしさに似た何かが、Tをその場に留めていた。

「気がついたら膝をついて、隙間に目を近づけていました。なんでそんなことをしたのか、自分でも分からない。ただ、見なくちゃいけないと思ったんです」

隙間から見える範囲は、ほんのわずかです。懐中電灯は持っていましたが、差し込める角度ではなかった。目を凝らすと、井戸の内壁の石組みがうっすら見えて、その下は真っ暗なはずでした。

ところが、底のほうがぼんやりと明るかったのです。

朝焼けのような、夕暮れのような、橙色の淡い光。深さ十メートルはある井戸の底で、そんな光があるはずがない。Tは目を離せなくなりました。

光の中に、人影がありました。

若い女が、釣瓶で水を汲んでいる。

紺色の絣の着物に、たすき掛け。髪は後ろでひとつに結んでいて、少し癖のある黒髪が首筋に張り付いている。横顔しか見えない。でもTには分かりました。

自分だ、と。

二十歳でこの地域に嫁いできた頃の自分が、井戸の底で水を汲んでいる。

「怖くはなかったんです。ああ、私だ、と思った。あの着物は嫁入りの時に母が縫ってくれたもので、毎日着ていた。髪の癖も、手の動かし方も、全部覚えている。五十年以上前の自分が、そこにいました」

若い自分は、こちらを見ない。淡々と釣瓶を下ろし、水を汲み、桶に移す。その繰り返し。井戸の底の橙色の光の中で、まるで時間が止まったかのように同じ動作を続けている。

Tがどれくらいそうしていたのか、本人にも分からないそうです。気がついた時には膝が痛くて、体が冷え切っていた。時計を見ると、一時間近くが経っていた。もう一度隙間を覗いた時、光は消えていて、底は真っ暗だった。

old stone well moss covered dark Photo by Natalia Gusakova on Unsplash

翌日から変わったこと、変わらなかったこと

次の日、Tは何事もなかったかのように仕事に行きました。

井戸の前を通る時、少しだけ足を止めた。昼間の井戸は、ただのコンクリートの蓋が載った丸い石組みでしかない。雑草が縁石の隙間から生えている。音はしない。光もない。

「でもね、私には分かったの。あの井戸は生きているんだって」

Tがそう言った時の顔を、孫は忘れられないそうです。怖い顔ではなかった。どちらかというと穏やかで、少し寂しそうだったと。

その後、Tは何度かあの音を聞いています。いつも秋から冬にかけて、風のない夜。決まって深夜の一時から二時の間。ぎい、ちゃぽん。ぎい、ぎい、ちゃぽん。でも二度目以降は覗いていないそうです。覗く必要がないと思ったから。あそこにいるのが自分だと、もう分かっているから。

一度だけ、道の駅の管理事務所の人にそれとなく聞いたことがある。「裏の井戸って、何か話ありますか」と。事務所の人は「ああ、あれね」と言って、それきり黙ってしまったそうです。知っているのか知らないのか、聞いてはいけなかったのか。それ以上は聞けなかった。

地元の古老にも聞いてみた。ダム建設前の集落を知っている、もう九十を超えたおじいさん。

「あの井戸はな、村で一番古い井戸だった。水がよく出た。でもな、あの井戸には昔から言い伝えがあってな。満月の晩に覗くと、自分の死に顔が映ると言われとった」

Tが見たのは死に顔ではなかった。若い頃の自分だった。それが何を意味するのか、古老も首をかしげるばかりだった。

「死に顔ならまだ分かる。そういう言い伝えは日本中にある。でもあんたが見たのは若い自分じゃろ。聞いたことないなぁ」

abandoned japanese village near dam lake fog Photo by :DC Snapshots on Unsplash

井戸と時間、残された問い

日本の民俗学では、井戸は「あの世とこの世の境目」とされることが多い。水の湧く場所は地下の異界と繋がっていて、井戸を覗き込む行為そのものが、此岸と彼岸の境界を越えることだと。柳田國男の「遠野物語」にも、水辺にまつわる異界譚は数多く収録されています。

ただ、Tの体験は少し毛色が違う。

あの世の者が見えたのではなく、過去の自分が見えた。しかも怖いとか不気味というよりも、懐かしくて、少し温かい感覚だったと本人は言う。ダムに沈んだ村の記憶が、唯一水没を免れた井戸を通じて浮かび上がってきた。そんなふうにも読めます。

あるいは、もっと単純に、七十代の女性が深夜にひとりで働いている孤独の中で、若い日の自分に再会したのかもしれない。幻覚と言ってしまえばそれまでです。でも一時間近くも膝をついて覗き込んでいたという事実。釣瓶の音を複数回にわたって聞いているという事実。事務所の人が黙ってしまったという反応。それらを合わせると、ただの幻覚として片付けるには、どうにも引っかかるものが残る。

Tは今も道の駅で清掃を続けています。井戸の前を通るたびに、少しだけ立ち止まる。蓋の向こうで、五十年前の自分がまだ水を汲み続けているのかもしれないと思いながら。

「あの子に声をかけたら、私はどうなるんでしょうね」

Tがぽつりと呟いたその言葉を、ここに書き残しておきます。

長文失礼しました。読んでくれた方、ありがとうございます。アレが何だったのか、似た体験をした方がいたら、ぜひ教えてください。

dark water surface reflection moonlight Photo by Haydn on Unsplash

出典: the-mystery.org「夜の古井戸と水を汲む音」

もっと深く知りたい人向けの本

井戸や水辺にまつわる異界譚、ダムに沈んだ村の記憶、日本各地の不思議な体験を集めた本をいくつか挙げておきます。Tさんの話を読んで何か引っかかった方は、手に取ってみてください。

  • 『遠野物語』柳田國男(岩波文庫)。日本の異界譚の原点。水辺、山、境界にまつわる話が詰まっている。
  • 『耳嚢』根岸鎮衛(岩波文庫)。江戸時代の奉行が集めた怪異譚。井戸にまつわる話も複数収録されている。
  • 『現代怪談 地獄めぐり』松村進吉(竹書房文庫)。現代の実話怪談の中から、土地の記憶に根ざした話を多く収録。
  • 『山怪 山人が語る不思議な話』田中康弘(山と溪谷社)。山で暮らす人々が実際に体験した不思議な出来事を聞き書きした一冊。Tさんのような山間部の体験に通じるものが多い。

本記事は世界各地の伝承・都市伝説・公開報道を編集したものです。個別の事象が超常現象であると主張するものではなく、文化史的な記録としてお読みください。心霊スポットへの無断侵入は法的トラブルの原因になります。立入禁止表示には必ず従ってください。

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